遡ること三日。

 古池への絵画投資詐欺が不発に終わって、四人の老人たちは意気消沈しているかと思えば、揃って笑顔だった。

「そううまくはいかないよなあ」

 ゴミになってしまった自分の絵を眺める成作。他人にとってはゴミかもしれないが、そのうち彼の家の壁を彩るだろう。鹿子もなぜか嬉しそうだ。

「こんなにあっさり騙されちゃ、やりがいがないわ。相手にとって不足なしね」

「腕が鳴るねえ」

 源十郎が腕まくりしながら、メモのノートを開きだす。一ページ目から続くネタに大きくバツをつけて鉛筆を舐めた。

「でも、これから相手は警戒するわよねえ」

 唯一不安げなのが三代子だった。だが、そんな不安すらも楽しんでいるような節がある。

 老人たちは元気だった。

「何が敗因だったか……」

 言いながら源十郎はノートに「敗因」と書いた。

「やっぱり、興味がない物を売りつけられても心が動かないんだと思う」

 実際に古池と対面した三代子は肌で感じた感覚をそのまま口にした。

「確かにそうだな」成作も同意する。「それに、絵が新しすぎて疑われたよ。百年も前のものだったら、もっと古いはずだからな」

 源十郎はノートに「興味なきもの」、「細部詰めず」と書きつけた。

「あとは、偽物の画家だと、ふーんで終わっちゃうのかもね」

 鹿子が言う。老人たちはそれからも反省点を洗い出し、入念な課題抽出を行った。まるで一個の会社のようである。彼らが導き出した成功のカギは次の四点だ。

・古池の興味をそそるものは何か

・騙すためのリアリティをどのように出すか

・臨機応変な演技力

・いかに相手の虚を衝くか

 二つ目と三つ目は、彼ら曰く、似て非なるものらしい。リアリティとは騙しのための世界観の設定をいかに細部まで考慮するか。古池に疑問符を差し挟ませないような細かい配慮が六千万を奪回するカギだという。また、四つ目は心理的にも重要なポイントだと源十郎は唱える。

「虚を衝かれれば心のバランスが崩れる。心のバランスが崩れれば平常心を失う。我々はそこへ付け入るべきなんだ」

「おお……」

 さすがの論理に三人の口から感嘆の声が漏れる。

 だが、問題はこれらをどのように実現させるべきか、ということだった。

「古池は何に興味を持っているんだろうか?」

「見た目とは違って堅物だぞ、ありゃあ」

 源十郎の問いかけに悲観的な返しをする成作は、あの時を思い返して身震いしていた。しばらくの間沈黙が続いたが、鹿子がそっと考えを口にした。

「少し考えたんだけど、自分が詐欺に使っていることに興味を持っていないといけないんじゃないかしら。そうじゃなきゃ、色々自分で調べて、人を騙せるように物を考えられないでしょ?」

「確かにその通りかもしれんが……」源十郎の鉛筆は進まない。「そうなると、不動産だ。相手の土俵で戦うことになる」

「あら、土俵なら男の出番ね」

 鹿子と三代子が笑う。成作がぴしゃりと言い放つ。

「笑ってる場合じゃないぞ。騙すのが難しいってことなんだから」

 鹿子が首を振る。

「正直に言って、私たちと古池とじゃ、知識に差があるんじゃないかしら。誰か、不動産のプロを知らない?」

「不動産のプロ……」

 四人は脳裏に様々な人間を浮かべては掻き消していった。やがて、「あっ」と源十郎が声を上げた。

「中園さん!」

「中園? 中園ってあの?」

「中園忠賢。大地主の」

 鹿子が驚いた顔をする。

「中園さんと知り合いなの?」

「飲み屋で知り合ったんだよ。連絡先も交換したんだ」

 そういってスマホを取り出してメッセージアプリを立ち上げると、真っ赤な顔をして二人で撮ったセルフィーが出てきた。三代子が笑った。

「あらあら、ずいぶんできあがっちゃってるわね」

「意気投合してな。たまにメッセージをやり取りしてる」

「中園さんを巻き込んじゃうのはどうかしら?」

 鹿子が提案すると、源十郎はしばらく考えを巡らせた。

「あのじいさんなら面白がりそうだな。ちょっと待ってくれ」

 スマホを操作してメッセージを送ると、すぐに返事が来た。

『面白そうなことしてるじゃないの』

『仲間に入れてよ』

 実に簡単なものだ。たった数分で源十郎は事の次第を説明し、古池という悪徳詐欺師を騙したいのだと伝えた。すると、すぐに中園から電話がかかってきた。源十郎はスピーカーホンに変えるとしわがれた声が聞こえてきた。

『不動産で騙したいなら良い手があるよ』

「どんな手だい?」

 源十郎の返しは落語の合いの手のようだ。

『そいつがやってるのと同じことをやるのさ。登記識別情報っていう土地の権利書みたいなもんがあるんだが、そいつの偽物を買わせりゃあいい』

「でも中園さん」三代子が口を挟む。「どうやって買わせるの?」

『ああ……そうか……どうしたもんかね?』

 頭を撫でながら成作が口を開いた。

「やつは簡単な儲け話が好物なんだ。すぐに稼げて現実味のある言い訳を考えれば何とかなるんじゃないか? 例えば、すぐに買い手がつくんだとか言って」

『ははあ、いいこと思いついたぞ。うちの土地には工場廃墟もあるんだが、何度も大企業が買うんじゃないかって噂が立ったことがある。その企業が椎町を新しい拠点にするんだとか何とか言って。もちろん、そんなこと一度もなかったけどね。みんな夢見てるのさ、この街が生き返ることをね』

 最後の一言に、妙にしんみりしてしまった一同は口々に椎町の思い出を語り始めたが、それはまた別のお話。

 こうして、中園の妻も巻き込んであの一連の出来事は引き起こされたのだった。あとから聞いた話によれば、中園の妻も張り切って病人を演じていたらしい。「死にそうなのは慣れてる」とのことだ。

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