六
祐未と祖父江は渋谷に来ていた。
名前の序列でお分かりかと思うが、すでに現場のイニシアティブは祐未が握っているも同然だった。二人が渋谷までやってきたのは、他でもない。
「詐欺師とお友達になりましょう」
「全く意味が分からない展開だ」
祖父江はぼやきながらも、古池の新しいアジトへ向けてエレベータのボタンを押した。
「なんて言えばいい」
「大人なんだからそれくらい考えてくださいよ」
「都合のいい時だけ子供の振りするなよ」
「私は法的に子供です」
「なんだその和訳したみたいなセリフは」
エレベータの箱が上がっていくにつれ、祖父江の鼓動も速まる。これまで数多くの場面を経験してきた彼だったが、さすがに詐欺師との対面は初めてだ。
六階に到着する。「セミナー開催中」の張り紙がしてある目的の部屋の前までやってきて、祖父江が息を整えていると隣で祐未が勝手にインターホンを押してしまう。
「あ、バカ、まだ心の準備が――」
スピーカーの向こうから男の声がする。
『はい?』
「すみません、私、祖父江というものですが、昨日引っ越してきまして……」
とっさについたうそにしては上出来だと思いながら祐未を見ると、祖父江に肩をすくめた。不満げである。
『ちょっとお待ちください』
しばらくすると、顎鬚の男が顔を出した。古池だ。
「何かご用ですか?」
面倒くさそうな口振りだった。どう切り出したものかと祖父江が考えていると、祐未が開口一番にこう言った。
「あなた、狙われてますよ!」
古池は初めて気がついたというように祐未を見つめた。
「何に?」
「詐欺師に!」
「どういうことですか?」
その視線が祖父江に向く。
「あのですね、込み入った話でして……」
「簡単にお願いできますか?」
古池は玄関口で話を終わらせるつもりらしい。無理もない。突然現れたわけの分からない二人組にいきなり警告されて不審に思わない人間はいないだろう。
「孫井鹿子さんという方をご存知ですか?」
祖父江が鹿子の名前を出した途端に、古池の態度が急変した。
「何の用だ?」
「ちょっとここでは話しにくいことなんですよね」
古池は逡巡していたが、やがてドアの外を警戒するように見回すと二人を中に招き入れた。
「土足のままで結構」
見ると、沓脱から先は赤いカーペットが敷かれている。赤は心理的に興奮させる作用がある。祖父江は祐未と共に部屋の奥に進んだ。リビングと思われる場所は小さな会議室のようになっていて一番奥にホワイトボードが立っており、手前には机と椅子が四つずつ置かれていた。小さな塾の様相を呈している。
「どこでも座ってください」
二人は揃って後列の椅子に腰かけた。仁王立ちする古池はその様子をじっと眺めていた。
「で、話とは? 引っ越してきたというのはうそだろう」
「単刀直入に言いますが」祖父江が切り出す。「あなたは老人相手に詐欺を働いていますね」
「それは違う」
「何が違うんです」
「夢を売っているんだよ」
「夢?」
険しい表情の祐美が聞き返す。強い憤りがにじみだしていた。
「大金を得られるかも、という夢だよ。誰もが納得してカネを払ってきた」
「絶対うそだ!」祐未が叫んだ。「大事にしてきた人のお金をなんだと思ってるの!」
「この子はなんなんだ?」
呆れたように古池が祖父江に尋ねる。祖父江はあろうことか、
「いないものとして見てください」
と返した。
「ひどくない?」
「つい本音が」
「本音って何? 私のこと邪魔だと思ってるでしょ!」
「思ってない思ってない」
「思ってる!」
突然古池の平手がホワイトボードを打ちつけた。大きな音に体をびくりと震わせて、二人は古池を見つめた。
「ふざけるのなら、外でやれ」
「すんません」
祖父江が頭を下げると、祐未がその頭をひっぱたく。
「なんで詐欺師に謝るの」
祐未を無視して祖父江は先を続ける。
「あなたがカモにした老人が徒党を組んであなたを騙そうとしているんです」
古池は笑った。バカにしたような笑いに、祐未は怒りを禁じえない。
「老人が寄ってたかってこようがどうでもいい」
「僕たちはあなたが騙されないよう警告しに来たんです」
「それはまたご親切に。だが、お前たちを信頼できる証拠は?」
祖父江は考え込んだ。
「今はまだありませんが、向こうの動きが分かれば連絡します」
古池はじっと祖父江を見つめた。
「これも騙しの一環かもしれないよな」
すると、祐未が挑戦的な眼差しを古池に向ける。
「そう思ってもらっても結構です。どうせ騙されないんでしょ?」
「威勢のいいやつだ」
「で、乗るの、乗らないの?」
古池はにやりと笑った。
「乗ろうじゃないか」
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