三代子の家は二階建ての一軒家だ。団地とは道路を挟んで向かい側の住宅街に建っている。古い家だ。その和室に卓袱台が置かれ、四人の老人が陣取る様はまるで円卓の騎士のようである。いささか言い過ぎではあるが。

「第六九八二回打倒詐欺師作戦会議を始める」

 源十郎が真面目な顔で宣言をした。疎らに拍手が起こる。

「どうやって古池からお金を取り戻すか、ね」

 鹿子がそう言うと、早速手が挙がる。三代子だ。

「やっぱり、価値のないものを高く買い取らせるのがいいと思うの」

「価値がないのに高く買うのか」

 首を捻る成作。

「そうよ、ほら、ワインとか。味なんか分からないけど、何十万もするものがあるでしょ」

「そりゃあ、ダメだ」即座に却下するのは源十郎の声。「何十万じゃケタが小さすぎる。もっとだ」

「例えば?」

「車」

「そんなもの用意できないわよ」

 手を振る鹿子の表情はどこか楽しんでいるようにも見える。

「骨董品」

 三代子が人差し指を立てて嬉しそうに反応する。

「壺とか!」

 源十郎は三代子が用意したノートの一ページ目に大きく「ツボ」と書いた。腕組みをしていた成作がようやく口を開く。

「あとは、絵じゃないか? へんてこな絵が何億もするだろう」

 源十郎が「ツボ」の下に「エ」と書き込んだ。浮き浮きした様子で

「何億じゃ、お釣りが来ちゃうわね」

 という鹿子だったが、源十郎は首を振った。

「それはダメだ。取り返すのはきっかり六千万。これは譲れん」

「じゃあ、六千万円の絵か」成作が腕まくりする。「適当に描いてやろうか」

 意外にも早く方針が決まった。そうはなれば、善は急げと、四人は椎町の駅前で画材を買い込み、再び三代子の家に集結した。

 水彩絵の具、油絵の具、パレット、筆洗バケツ、キャンバス、そして畳を汚さないように新聞紙が用意された。エプロンを借りた成作が筆を手に取り、水彩絵の具を取る。次の瞬間、オレンジ色の一閃がキャンバスに刻まれた。

「おお~!」

 歓声が上がる。次に緑の一閃。筆が放たれるたびに歓声が起こり、成作は気分よく筆を進めていった。

 できあがった作品は無数の色の線が交錯するなんとも不思議な絵画となった。こき下ろそうにも何となく味というか雰囲気があり、価値があると言われればそう見えなくもない。

「じゃあ、こいつを売って……」

 ニコニコする成作に水が差される。三代子だ。

「でも、誰の絵かっていうのが問題よね。ネームバリューっていうの?」

 そそくさと自分のサインを入れようとする成作を源十郎が蹴飛ばす。

「確かに三代子ちゃんの言う通り、誰の絵かというのは重要だ」

「有名な人の名前を借りちゃいましょう」

 鹿子が言うが、源十郎は否定する。老人たちの前では頼もしいのが不思議である。

「有名な画家の作品は把握されてる。だから、そういう手は使えない」

「じゃあ、どうするの?」

「これから価値が上がると思わせればいいんだ。無名だが、最近になって歴史上の人物が集めていたと分かったとか何とか言って」

 源十郎の案はすんなりと受け入れられた。

「そうと決まれば、俺はもう何作か量産しておくか」

 創作意欲を刺激されたのか、成作は部屋の隅で絵を描き始めた。源十郎はノートを引き寄せた。

「歴史上の人物は誰がいい?」

「山本五十六」

「もっと昔の方がいいだろう」

「卑弥呼」

「昔すぎるだろう。適当な文豪でいいんじゃないか」

「森鴎外」

 鹿子が挙げた名前に源十郎が指をさす。

「それだ」

 丸をつけた「エ」の下に「森オーガイ」が足される。

「次は画家の名前だ」

 ところがこれが難航した。小一時間ほどの協議の結果、四人の名前から一文字ずつを取って「若瀬鹿作」という名前ができあがった。

「若瀬鹿作は戦死したことにしよう。若き画家だが、時代をさきどっていた、と」

「森鴎外の書生だった、というのはどうかしら?」

 鹿子が声を上げる。もはや小説の登場人物を決める会議だ。どんどんと溢れるアイディアによって若瀬鹿作は次のような人物となった。

 若瀬鹿作は、明治の終わりごろに生まれ、幼い頃から画家としての才能を開花させた。ある時、森鴎外と知り合った若瀬は絵の才能を買われ書生として迎えられる。しかし、戦火が彼を絵描きの道から遠ざけることになり、日露戦争の折に犠牲となった。彼が生涯で遺した作品は全部で四点。『光彩』、『暗雲』、『煉獄』、そして『焦土』。時代を追うごとに戦争の影響を受けた作風は抽象的で、現代の絵画にも通じるものがある。

 ちょうど成作が『焦土』を描き終わったのと同時に、若瀬鹿作の設定も完成となった。若瀬もこの世に生まれて嬉しいだろう。

 だが、鹿子は言うのだった。

「これをどうやって売るの?」

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