四
「なんでみんな僕のところに来るんだろうか」
「検索すると一番上に来るんですもん」
祐未は頬を膨らませた。祖父江も頬を膨らませる。
「可愛くないです」
「別に可愛さ求めてないんだが。で、浮気調査とのことだけど……」
「ひどい。私そんな不埒じゃありません」
祖父江は頭を掻いた。セットしていた髪が乱れたが、それを直す心の余裕がないらしい。
「あの人たちは本当にやる気なのかな」
「おばあちゃんたちは頑固だから」
そう言われて、まあ、そうだろうなと思い当たる節が祖父江にはいくつも見つかる。
「百円玉六十万枚分だからな」
「だからなんですか」
「銀貨がザックザクだ」
変態でも見るような目つきでヘラヘラしていた自分を顧みる祖父江。おかしな依頼ばかりで頭がおかしくなりそうなのを彼なりに発散しようとしているらしい。
「で、どこまで話したっけ?」
「いや、まだ全然話してないです。おばあちゃんたちを止めてほしいってことだけ」
「……息の根を?」
「祖父江さん暗殺者だったんですか、初耳です」
サラリと返されて、祖父江は肩透かしを食らってしまう。最近の女子高生は当たりが強いらしい。
「でも、冗談抜きで息の根でも止めないとあの人たちは止まらないだろう」
「まあ、そうなんですけどね。源さんも成作さんもおばあちゃんを焚きつけるから」
「どっちかというと、孫井さんの方がノリノリのような気もするが……」
源十郎の本性を思い返して祖父江はそう口にした。
「おばあちゃんはもともといい人なんです。タバコで毒されたんだと思う」
「そんなバカな」
「祖父江さんはタバコ吸わないんですね」
「そうだね」
「よかったです。ますます見下すところでした」
「いや、最初から見下されてるんかい。ともあれ、おばあちゃんたちを止めるのに僕は賛成だ。犯罪を看過できない」
祐未はにっこりと笑った。
「そうこなくちゃですよ」
「だが、実際に被害を受けているのも事実だ。だから、彼らを止めるだけでは誰も納得しないだろう」
「確かに。意外と物分かり良いですよね、祖父江さん」
「……うん」祖父江は寂しそうに微笑した。「そもそも、祐未ちゃんはどうやって彼らの計画を知ったんだ? 特におばあちゃんは喋りたくなかっただろうに」
祐未はスマホを取り出した。
「集音アプリです。それに、ワイヤレスイヤホン。集音アプリを起動させたままベンチにスマホを貼りつけて、コンビニの中で聞いていたんですよ」
「君、僕より探偵知ってる気がするな……」
「伊達に昔からミステリ読んできてませんから」
「お、僕も昔からミステリは読んできていてね、例えば──」
「でも、もうこの手は使えないんですよね」
「あ、そうなの?」
寂しそうに応じる祖父江の目尻には微かに光るものが浮かんでいた。
「三代子さんの家に集まって作戦会議してるみたいなんです」
「なるほど。それは難しい」
祐未は顎に手をやって考え込んでいた。はたから見れば女子高生探偵と冴えない男のコンビに見える。そっちの方が売れそうである。
「祖父江さんは」人差し指を突きつける仕草が様になっている。「初めはどうやってお金を取り返すつもりだったんですか?」
「示談交渉だよ。警察の名前を出せば、さすがに向こうも折れるだろう」
「よく考えたら、それで全部解決するんですよね」
祖父江は腕組みをする。
「なんだか、見えない力でそれを阻止されているような気がする……」
と、祖父江は的外れなことを言う。
「でも、おばあちゃんの言い分ももっともだと思っちゃったんです」
「というと?」
「ずっとベンチでお話してる毎日もいいけど、今のおばあちゃんたち、なんだか生き生きしてて……それを真っ向から否定する勇気が私にはないです」
「いや、でもそれは……」
しばらく黙ってから、祐未は悪魔的な思いつきを口にする。
「いっそのこと、おばあちゃんたちには思い切りやってもらって、私たちが詐欺師側につくのはどうですか?」
意外すぎる提案に祖父江は文字通り椅子から転げ落ちた。
「い、今なんて……?」
「私たちが詐欺師側につくんです。で、お金を騙し取られないようにする。最後は私たちを信用してくれた詐欺師がお金を返してくれるという筋書きです」
「うーん、うーん……」
祖父江は便座で粘る人のように唸り声を上げた。
「そうすれば、おばあちゃんたちもすっきりするでしょう。詐欺師の方はもう解決してるも同然だから、簡単にお金は取り戻せる。よくないですか?」
祖父江は頭を掻きむしって髪がボサボサだ。
「どうしてこんなことになるんだ……!」
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