二
祖父江はベンチの一番端、源十郎の隣に座りながらタバコの煙にむせかえっていた。
「時代に逆行してる」
「何が時代だ。時代は俺たちが作る」
成作が無駄に格好良いことを言う。源十郎も同意しながら、祖父江の肩を叩く。
「探偵たるものタバコくらい吸え」
「それは昔の探偵像でしょ」
「だからお前は三流なんだよ、孫よ」
豪放磊落に笑う源十郎だが、祖父江が他の誰にも聞こえない声で、
「あの事バラしますよ」
と言うと、急にしおらしくなった。
「ま、まあ、タバコはアレだもんな」
「なんだ源さん」成作は不満げだ。「孫に甘いんじゃないかい」
祖父江は前屈みになって鹿子と三代子の方に投げかけた。
「孫井さんも初瀬さんもいいんですか? 副流煙は健康によくないんですよ」
鹿子の回答は簡潔だった。
「まあ、どうせそのうち死ぬからいいわよ」
「そうねえ」
「……それを言われるともう何も言い返せないです」
源十郎が咳払いをして、閑話休題。
「とにかく、今日は作戦会議だ。悪徳詐欺師から六千万をどうやって取り返すか。ここは孫の名にかけてやり抜いてみせよう」
「僕もじっちゃんの名にかけて頑張りますよ」
水面下で責任を押しつけ合いながら、会議は進む。
「まずは」祖父江がメモに目を落としながら言う。「僕が詐欺師の身元調査を行います」
成作が眉をひそめる。
「耳元調査?」
「違いますよ。流行ってるんですか、それ。身元調査です。お金を取り返そうにも相手が分からなければ意味がないでしょう」
「古池って名乗ってたわ」
「もしかすると、それは偽名かもしれませんね。とにかく、僕の方で調べてみます」
「大丈夫かしら?」と三代子。「源さんがついていてあげないと」
源十郎の顔が引きつる。
「い、いや……、ここは孫の名にかけてだな」
「そうよ」鹿子の加勢。「探偵として見本を見せてあげなきゃ」
「し、仕方ないなあ。なあ、孫よ」
「うん、祖父。ということで、身元調査は僕と祖父で行きます。もしかすると時間がかかるかもしれませんが」
成作が無精ひげをさする。
「その後はどうするんだい。そいつの家にバズーカでもぶち込むか」
「いや、西部警察じゃないんでね。で、あとは示談交渉になります」
成作が眉をひそめる。
「男根しよう?」
「いや、なんちゅう取り戻し方ですか。示談交渉です」
だが、鹿子は不満そうだ。
「なんだか、思ってたのと違うわ。もっと、こう……ぎゃふんと言わせるようなのはないのかしら」
メモ帳を閉じて、祖父江は息をつく。
「祖父にも言いましたけど、僕は犯罪には加担しませんからね」
「取られたカネを取り返すのは犯罪じゃない」
成作はそう言うが、祖父江は譲らない。
「やり方によっては犯罪ですよ。きっと、皆さんが想像してるようなことは犯罪です」
「俺の想像?」
「そうです」
「耳元調査で男根しようってやつか」
「違います」
「違うじゃねえか」
「いや、もはや違うのかどうかも僕にはわかりませんが……とにかく、僕はあくまでサポートしかしませんからね」
老人たちのバッシングが飛ぶ。
「バカ!」
「ケチ!」
「ハゲ!」
「いい年して未婚!」
「……最後のは案外響くのでやめてください。あとハゲてませんから」
ちょうど会話が途切れたころに、向こうから制服姿の祐未がやってくる。
「あら、新しいお客さん?」
祖父江はわけも分からずに頭を下げた。
「何の話してたの?」
鹿子をはじめ、四人の老人はそっぽを向いてしまう。ごまかしが下手な人たちだ。
「なによ?」
「なんでもないわよ。何か買うんなら早くした方がいいんじゃない?」
「なに、おばあちゃん、今日はやけに冷たいじゃん」
「冷え性なのよ」
「いや、そういうことじゃなくて……まあ、いいや。ちょっと顔見せに来ただけだから」
ポニーテールが跳ねていく。その後ろ姿を追いながら、祖父江が尋ねる。
「今のは?」
源十郎が答える。
「祐未ちゃんだ」
「私の孫よ」
「はあ、そうでしたか」
三代子は言う。
「鹿子ちゃんはね、あの子のためにお金を貯めていたのよ。それが騙し取られてしまった」
「ひどい話だ」
成作が呼応する。源十郎が無言で祖父江の肩に手を置く。その目は優しくも悲しげに揺れていた。
「いや、人情で説得するみたいな流れには乗りませんよ、さすがに」
老人たちのバッシングが再び飛ぶ。
「ボケ!」
「カス!」
「チビ!」
「耳の後ろが臭い!」
「……最後のはちょっと気になるんでやめてもらえますか。あと、僕、百八十あるんで」
結局、この日は大した案も出ず、作戦会議は終了となった。小雨交じりの風が吹いてきたからだ。
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