祖父江はベンチの一番端、源十郎の隣に座りながらタバコの煙にむせかえっていた。

「時代に逆行してる」

「何が時代だ。時代は俺たちが作る」

 成作が無駄に格好良いことを言う。源十郎も同意しながら、祖父江の肩を叩く。

「探偵たるものタバコくらい吸え」

「それは昔の探偵像でしょ」

「だからお前は三流なんだよ、孫よ」

 豪放磊落に笑う源十郎だが、祖父江が他の誰にも聞こえない声で、

「あの事バラしますよ」

 と言うと、急にしおらしくなった。

「ま、まあ、タバコはアレだもんな」

「なんだ源さん」成作は不満げだ。「孫に甘いんじゃないかい」

 祖父江は前屈みになって鹿子と三代子の方に投げかけた。

「孫井さんも初瀬さんもいいんですか? 副流煙は健康によくないんですよ」

 鹿子の回答は簡潔だった。

「まあ、どうせそのうち死ぬからいいわよ」

「そうねえ」

「……それを言われるともう何も言い返せないです」

 源十郎が咳払いをして、閑話休題。

「とにかく、今日は作戦会議だ。悪徳詐欺師から六千万をどうやって取り返すか。ここは孫の名にかけてやり抜いてみせよう」

「僕もじっちゃんの名にかけて頑張りますよ」

 水面下で責任を押しつけ合いながら、会議は進む。

「まずは」祖父江がメモに目を落としながら言う。「僕が詐欺師の身元調査を行います」

 成作が眉をひそめる。

「耳元調査?」

「違いますよ。流行ってるんですか、それ。身元調査です。お金を取り返そうにも相手が分からなければ意味がないでしょう」

「古池って名乗ってたわ」

「もしかすると、それは偽名かもしれませんね。とにかく、僕の方で調べてみます」

「大丈夫かしら?」と三代子。「源さんがついていてあげないと」

 源十郎の顔が引きつる。

「い、いや……、ここは孫の名にかけてだな」

「そうよ」鹿子の加勢。「探偵として見本を見せてあげなきゃ」

「し、仕方ないなあ。なあ、孫よ」

「うん、祖父。ということで、身元調査は僕と祖父で行きます。もしかすると時間がかかるかもしれませんが」

 成作が無精ひげをさする。

「その後はどうするんだい。そいつの家にバズーカでもぶち込むか」

「いや、西部警察じゃないんでね。で、あとは示談交渉になります」

 成作が眉をひそめる。

「男根しよう?」

「いや、なんちゅう取り戻し方ですか。示談交渉です」

 だが、鹿子は不満そうだ。

「なんだか、思ってたのと違うわ。もっと、こう……ぎゃふんと言わせるようなのはないのかしら」

 メモ帳を閉じて、祖父江は息をつく。

「祖父にも言いましたけど、僕は犯罪には加担しませんからね」

「取られたカネを取り返すのは犯罪じゃない」

 成作はそう言うが、祖父江は譲らない。

「やり方によっては犯罪ですよ。きっと、皆さんが想像してるようなことは犯罪です」

「俺の想像?」

「そうです」

「耳元調査で男根しようってやつか」

「違います」

「違うじゃねえか」

「いや、もはや違うのかどうかも僕にはわかりませんが……とにかく、僕はあくまでサポートしかしませんからね」

 老人たちのバッシングが飛ぶ。

「バカ!」

「ケチ!」

「ハゲ!」

「いい年して未婚!」

「……最後のは案外響くのでやめてください。あとハゲてませんから」

 ちょうど会話が途切れたころに、向こうから制服姿の祐未がやってくる。

「あら、新しいお客さん?」

 祖父江はわけも分からずに頭を下げた。

「何の話してたの?」

 鹿子をはじめ、四人の老人はそっぽを向いてしまう。ごまかしが下手な人たちだ。

「なによ?」

「なんでもないわよ。何か買うんなら早くした方がいいんじゃない?」

「なに、おばあちゃん、今日はやけに冷たいじゃん」

「冷え性なのよ」

「いや、そういうことじゃなくて……まあ、いいや。ちょっと顔見せに来ただけだから」

 ポニーテールが跳ねていく。その後ろ姿を追いながら、祖父江が尋ねる。

「今のは?」

 源十郎が答える。

「祐未ちゃんだ」

「私の孫よ」

「はあ、そうでしたか」

 三代子は言う。

「鹿子ちゃんはね、あの子のためにお金を貯めていたのよ。それが騙し取られてしまった」

「ひどい話だ」

 成作が呼応する。源十郎が無言で祖父江の肩に手を置く。その目は優しくも悲しげに揺れていた。

「いや、人情で説得するみたいな流れには乗りませんよ、さすがに」

 老人たちのバッシングが再び飛ぶ。

「ボケ!」

「カス!」

「チビ!」

「耳の後ろが臭い!」

「……最後のはちょっと気になるんでやめてもらえますか。あと、僕、百八十あるんで」

 結局、この日は大した案も出ず、作戦会議は終了となった。小雨交じりの風が吹いてきたからだ。

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