二章 四人抜刀 詐欺師打倒

 ここにコンビニができた三年前。すでにベンチはそこにあった。まだ色褪せてはいなかったが。初めは、学生が学校帰りにここで飲み食いをしていた。午前中は空席だったのだ。屋根のないベンチは風雨に晒されていた。

 いつからか、源十郎がここでタバコを吸うようになった。店側は注意ではなく、小さな灰皿を用意した。雨風の強い日以外は、午前中、馴染みの客が源十郎に挨拶をしながら店を出入りするのが習慣になった。

「俺はここの見張りなんだよ」

 成作に源十郎が言った。

「用心棒かなんかかい」

「元探偵なんだよ。リタイアして、暇を持て余してるんだ」

 やがて二人で煙を交わすようになった。見知らぬ顔が店にやってくると、二人でひそひそと話し始める。

「二十九以下」

「四十九以下」

 いつも二人の予想は一致しない。だからかもしれない。年齢当てゲームはやがて二本のタバコを賭けるものに代わっていった。客が帰っていくとどちらかがタバコを買うついでに店員に聞く。

「何歳にした?」

「二十九以下」

 店員も慣れたものだ。ガッツポーズをしながらベンチに戻る源十郎は指を二本出して催促した。この結果報告にうそをついてはいけないというのがルールだ。一度それをやって警察沙汰になったことがあるのだ。客が持って行く袋の大きさも賭けの対象になったし、滞在時間もそうだ。二人の間にはタバコの山ができるのが常だった。

「今日もお盛んねえ」

 タバコの山を見て鹿子が声をかけるようになった。

「男はいつだって戦うもんなんだよ」

 負けが込んで悔しさを噛みしめながら、成作が言った。勝率は源十郎の方がやや上だった。

「人を見る目があるんじゃないの?」

 鹿子がそう言うと、源十郎は得意げになる。

「元探偵の名は伊達じゃないんだよ」

「まあ、すごい」

 やがて新聞を買う鹿子が三人目の常連客となった。運動がてらコンビニで新聞を買うようにしたらしい。いつも暗い事件や健康の話題に終始するのはご愛敬だ。

「この犯人まだ捕まってないわよ」

 鹿子が折り畳んだ新聞を渡す。源十郎が目いっぱい腕を伸ばして紙面を音読する。

「えーなになに、今日野球やらねえのか」

「そこじゃないわよ」

「えーなになに、福岡一家毒殺、ねえ。俺がいたらすぐに解決しちまうんだがなあ」

「本当かよ」

 タバコに火をつけながら成作が笑う。

「毒殺犯ってのは、統計的に見てだいたい女なんだよ。警察はそこが分かってない」

「まあ、こわい」

 ちなみに、源十郎の話はあくまで個人的な見解なので、ご意見は彼まで。椎町の外れにあるコンビニへ行けば今でも会えるだろう。

「いつも仲良いね」

 ポニーテールの女子高生、祐未はテスト期間中や休みの期間中によく声をかけてきては四人目の常連になった。テストの結果や学校で起こったこと、それが暗いニュースをいくぶんか和らげてくれるのだった。

「今日も井上くんが坂野先生のハゲをいじってめっちゃキレられてたの」

 今でもふさふさの源十郎と成作は口々に言う。

「ハゲが悪い」

「男なら潔くカツラを被ればいい」

「それ潔いっていうの?」

「まあ、男の子なら元気があっていいじゃないの」

「そうかな? デリカシーのないやつは嫌われると思うけどね」

 源十郎は溜息をつく。

「デリカシーだかプライバシーだか、やかましい世の中になったもんだ」

「それが本来のあるべき姿なんだよ」

 祐未が口を尖らせる。

「俺たちが若いころはそんなもの気にしなかったもんだぞ」

「世の中は変化してるんですぅ~」

 そんな四人がしばらくこの地を支配していると、祐未がよく声をかける女性がいた。三代子だ。

「最近よく挨拶するんだ」

 祐未がきっかけとなって三代子が五人目の常連客となった。どこか控えめだが、いつもニコニコと楽しそうにやってくる。

「鹿子ちゃんのニュースを聞かないと一日が始まらない気がして」

「あらあら、じゃあ、始めるわよ」


 鹿子はあのころを思い返して、一人感傷に浸っていた。詐欺と関わりを持つことになるなんて思わなかった日々だ。カネと心は密接に繋がっている。鹿子はそう思う。大きなカネを失えば、心にもぽっかりと穴が開いてしまうのだろう。そうでないという人がいたらぜひ巻末にある振込先まで送金してほしい。

 成作がやってくる。彼はかつて左足を痛めたらしく、今も少し引きずるようにして歩く。

「今日は早いな」

「なんだか落ち着かなくって」

「まあ、無理もないさ」

「大丈夫かしらね、源さんに任せて」

「元探偵なんだし、あいつが出した船なんだから大丈夫だろう」

「そうだといいけれど」

 しばらくすると三代子がやってくる。

「今日はニュースはなしね?」

 何よりでかいニュースに彼らが直面しているのだ。

「そういえば、新聞も買ってなかったわ」

「いいわよ。無理しないで」

 最後にやってきたのは源十郎だった。隣には若者を連れている。

「待たせたな」

「その人は?」

 スーツに身を包んだ祖父江が頭を下げる。

「祖父江可也と申します。探偵をやっています」

「探偵?」

 三人は源十郎と祖父江を見比べる。間に合ってますけど、とでも言うように。

「こいつは、俺の孫なんだ」

「あら、探偵の血筋なのねえ」

 鹿子が感心したように頬に手を当てる。

「若──祖父に勉強するように言われてきました」

「そうだな、孫よ」

「うん、祖父」

 よく分からない掛け合いをして、五人がベンチに腰を下ろすと、作戦会議が始まった。

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