ラノベ作家になりたい美少女はラブコメのことがわかっていない〜僕は興味がなかったけれど、彼女の小説はラノベのラの字もなかったのでテコ入れすることに決めました〜

神伊 咲児

ラノベ作家になりたい美少女はラブコメのことがわかっていない

「私、ラノベ作家になるの!」


 と、言いだしたのは、僕の家の隣りに住む幼馴染の女の子。

 名前を夢野 つむぎという。


 この突飛な発言は、深掘りするのに時間がかかりそうだ。

 すごく……いや、ものすごく面倒くさい臭いがする。

 だからその前に、彼女の説明をしようか。


 つむぎは16歳の高校1年生。

 黒縁眼鏡に黒髪という、一見、真面目で大人しそうな風貌だ。

 だが、学校ではスポーツ万能で会話上手。所謂、陽キャというやつで、僕とは正反対の人間だったりする。

 そして、なにより、異常なほど可愛い。

 本人は嫌がっているのだけれど、小学生の頃から男子にはモテまくっている。

 よって、彼女の周りには常に友達がいて、僕にとっては近寄りがたい存在だったりする。

 

 僕は穂崎 理央。

 つむぎと同じ16歳で同じ高校に通っている。

 慎重派で大人しい性格。クラスでは目立たないキャラだ。

 だから、本来ならば彼女とは縁遠い存在だろう。謂わば陰と陽。正反対の人間なのである。

 しかしながら、幼馴染ということで、僕は彼女と仲良くさせてもらっているのだ。

 

 というか、つむぎは、どこか抜けていて、放って置けないところがある。

 まぁ、妹みたいな存在だ。

 これを言うと本人は怒るので言わないけどね。

 そんな彼女が妙なことを言い出した。


「カクヨムってサイトにね。にへへへ。小説を載せたんだぁ」


 ふむ。これは珍しいな。

 彼女は活字より漫画派だ。

 しかし、創作意欲は誰にでも湧き出すものだからな。

 極力肯定して陰ながら応援しよう。

 彼女の意気込みは、ただ傍観するように受け入れようじゃないか。


「私の作品がたくさんの人に読まれてさぁ。ふふふ。行く行くはプロの作家。本は売れに売れて、ぐふふふ。印税ガッポリなんだから!」


 まぁ、世の中、そんなに甘くはないと思うが……。

 語るのは自由だからな。


「お金が入ったらさ! 理央くんの欲しい物、なんでも買ってあげるからね!」

 

 これは、僕のお財布事情を知っての発言だ。

 僕は月の小遣いが2千円しかない。

 ほとんどが大好きなラノベを購入して消える。

 だから、毎月、金欠なのだ。

 そんな僕に哀れみの手を差し伸べてくれる。優しいのは彼女の取り柄だろう。

 

 しかしながら、一方的に慈悲をかけられるのはいい気分がしない。

 物事は持ちつ持たれつが、最もバランスがいいのだと思う。


 つむぎが書く小説には興味はないがな。印税で好きな物を買ってくれるのだから、協力するに越したことはないだろう。


「どんな小説なんだ?」


「ふふふ……。秘密です」


「え?」


「書籍化が決まってからのお楽しみよ!」


「そうなのか?」


「にへへ。まぁ待ちたまえよ理央くん。プロ作家になったらサインは上げるからさ」


「しかしだな。誤字脱字のチェックだって必要だろ? そういうのを無料でやってやろうというんだぞ?」


「ふふふん。そんな間違いがあるわけないじゃない。私が書いているんだからね! チェックは完璧よ!」


「お前……。国語と古文は赤点だろ?」


「んぐ。ラ、ラノベだもん! そういうのは関係ないんだから!」


「そんなに甘くはないと思うがなぁ……」

 

「ふふふ。まぁ見ててよ。苦節1年の超大作よ! 書籍化間違いなし! なんならアニメ化もあり得るわね!」


 ほぉ、それは凄い。

 少し興味が湧いてきたな。


「にへへへ。理央くんが、その小説を読む時は、私がプロ作家になってデビューする時なのよ! それまでは楽しみにしていたまえ! わーーはっはっはっ!」


 相当な自信だな。


 そうして1週間が経った頃。

 彼女はどんよりと顔を曇らせていた。


「はぁ〜〜」


「おい、どうしたんだよ? 貧乏神でも憑依したのか?」


「うう……ううう……」


「おいおい。何があった?」


「うええええええん!! 理央くん、理央くん、理央くーーーーん!!」


 やれやれ。

 彼女はよく泣くんだ。


 僕は慣れてしまっているので、彼女が落ち着くまで頭を撫でてやる。

 こういうところが妹みたいなんだよな。


「ふみぃ……。ううう」


「どうしたんだよ?」


「なんで、どうしてぇええ!? 理央くーーん!」


「おい。落ち着けって。順序立てて話してくれないとこっちも対応ができないよ」


「うう。実はね……」


 彼女の話は長かった。

 途中、母親がする家事手伝いの強要や、テストの赤点問題なんかが浮上して要点を得ない。


 なので、僕が要約する。

 要するに、小説がダメだったらしい。


「自信作だったのにぃいい! うぇえええええん! 爆死したぁああ! 黒歴史決定!!」


 うーーむ。

 やはりか。予想通りといえばそれまでだな。


「まぁ、そんなもんだって。読んでやるからタイトル言えよ」


「…… 永遠とわの行方」


 なんだそのタイトルは?

 まぁ、いい。とにかく検索してみよう。


「爆死といえど自信作だったんだ。1人か2人、評価はつけてくれたんだろう?」


「……そ、それが」


「ブックマークはどれくらいなんだ?」


「ゼ……ゼロなの」


 検索するとブックマークも評価もついていない小説が表記された。

 PV数はたったの3である。


「酷いな……」


「うぇええん! 自信作だったのにぃいい!」


「まぁいい。とにかく、あらすじを読もうかってアレ? あらすじが白紙だぞ?」


「ネタバレ防止だもん。先が読めてちゃ楽しめないでしょ?」


「いや、不親切だろ。まぁいい、1話を読んでみるよ……」


 それは3千文字あった。

 ひたすら風景の描写説明である。


 うう。

 誤字脱字、文法間違いが酷い。

 その上、風景描写だけだから異様に疲れる。

 でも、今は指摘より、内容の把握だよな。


「この回、主人公が登場しないぞ?」


「主人公は2話から出るの」


 我慢して2話に突入してみる。

 やっぱり誤字脱字、文法間違いが多い。

 それにしても、


「おい。歯を磨いて朝ごはんを食べているので2話が終わったぞ!? これはスローライフモノか?」


「だってリアル志向なんだもん」


「もういい。この小説のジャンルはなんだ? 現代ドラマか? それともエッセイなのか?」


「ラブコメよ」


「ふざけんな!」


「大真面目よ!」


「風景描写に1話を使い、2話は歯を磨いて朝ごはんを食べて終わるラブコメがあるか!」


「だ、だってぇ! キャラは生きているんだもん」


「もっともらしいことを言うな。そもそもタイトルがおかしいだろ。なんだよ【 永遠とわの行方】って。文学みたいなタイトルじゃないか」


「だってぇ。ラノベのタイトルって長いのが多いんだもん。短い方がカッコいいと思ったのよ」


 長くしているのは、検索に引っかかる為なんだよな。

 ちゃんと意味があるのだが、彼女がどこまで理解してくれるのか?

 それに、誤字脱字、文法間違いの指摘だってあるんだ。頭が痛くなってきたよ。


「私って才能ないのかなぁ……。うう……。うううう」


「おいおい……。泣くなってぇ」


「だってぇえええ! 10万字も書いたんだもん! 書くのに1年もかかったんだもん! うぇえええん!!」


 と、僕の胸に顔を埋める。


 はぁ〜〜。

 こんなことになるとは薄々感じていたんだ。

 だから、見てやるって言ったのにさ。


「ううう……」


 かといって、自業自得で終わらせるわけにもいかないよな。

 彼女は印税で僕のお財布の救済を計ろうとしたんだから。


 僕は小説なんて書いたことはないが、乗り掛かった船だ。助けてやるか。


「仕方ないな。僕がわかる範囲で助言してやるからさ。一緒に書いてみようよ」


「うう……ありがとう理央くん。ジュビィイ」


「僕の服で鼻水を拭くのはやめろ」


「にへへ。後で洗濯するからさ。今は胸を貸してください。理央くーーん♡」


 やれやれ。


 こうして、彼女と僕の小説作りが始まった。


 彼女は僕の部屋でお菓子を食べながら機嫌を治していた。


「じゃあ、まずは現状把握からだな。【 永遠とわの行方】はどんな話なんだ?」


「主人公の男の子が、隣りに住む幼馴染の女の子に恋をする話よ」


「なんだ。そんな簡単な話だったのか」


「簡単じゃないわよ。男の子はヒロインに永遠の愛を誓うんだから」


「純愛ものか」


「にへへ。そういうこと」


「まぁ、そういうのは悪くないかもな」


「でしょでしょ!」


「しかし、この作りはなぁ……」


「どこがダメなの?」


「全部」


「えええええええええええ!?」


 PVが3もついているのが奇跡だよ。


「でもでも、タイトルは良いでしょ? 斬新でしょ?」


「タイトルが一番ダメだ」


「えええええええええええ!?」


「もっとラブコメっぽいタイトルにしようよ」


「うう……。じゃあ……長くすればいいんでしょ? 例えば、【僕の愛は永遠に君を想って光り輝く】とかどうかな?」


「正気か?」


「ええッ!? ダメなの?」


「ダメに決まっているだろう」


「ううう」


「これラブコメなんだろう? どこにコメディ要素があるんだよ?」


「ヒロインは学校のマドンナなのよ。もうモテモテなの。それでスポーツ万能で、友達も多くてね。明るい子なのよ」


「ほぉ」


 ちょっと、つむぎに似ているな。


「それで主人公の男の子は大人しくてね。ラノベが好きなのよ」


 え?


「おい。それって……。僕に似てないか?」


「え!? な、な、何を言ってるのよ! これはフィクションよ! 主人公は架空の人物なんだから!」


「…………」


 いやいや。やっぱりおかしいだろう。

 このヒロインもよくよく考えれば彼女そっくりだ。第一話の風景描写では主人公の隣りに住んでることになっていた。

 それって、まんまつむぎじゃないか。


「どう考えても似てるけどな?」


「あは……。あはは。理央くんの妄想癖にも困っちゃうなぁ。これは架空の人物よ。ヒロインの女の子なんて巨乳なんだから」


 何言ってんだよ。


「お前だって……」


「ちょ、ど、どこ見てんのよ! ヒロインの子はバスト89センチの巨乳なのよ! 私は88センチしかないんだから!」


「あんまり変わらんと思うが……」

 

 これは以前から気にはなっていたんだが、


「中学の時より大きくなってんだな」


「ちょ! 理央くんのエッチ! スケベ! バカぁああ! 忘れなさい!」


「お前が勝手にバラしてるんだろう」


「と、とにかくこれは架空の話なんだからぁあ!」


「……ま、いっか。そもそも僕がつむぎに告白なんてするわけがないからな」


「……そ、そうだよ。……そ、そんなことないんだから」


「よし。続きはどうなるんだ? どんな風にコメディなんだよ?」


「う、うん……」


 やれやれ。妙にしゅんとしているな。

 そんなに胸の大きさが知られたことがショックだったのか。

 思春期の女の子はデリケートだな。

 

 僕は彼女から物語を聞いて整理した。


 箇条書きにまとめておこう。

 あらすじを書くのに重要そうだからな。


 僕はキーボードを叩く。


「要するに、主人公の男は大人しい性格でラノベが好き。しかも、幼馴染は手が届かない女の子で想い人だということだな?」


「うん。あ、でもね。主人公はヒロインのことを妹みたいな感じに思っているのよ」


 なんか、僕に似てるな……。

 いや、よそう、現実と照合するのは。

 これはフィクションだからな。

 でも、待てよ?


「ヒロインを妹みたいに思っているなら恋に発展しないじゃないか」


「それがしちゃうのよ! ヒロインの女の子は性格がいいのよ。それでいてセクシーでね。頭もよくて、大人の魅力がたっぷりあるのよ。なんていうか人格者というのかな? 主人公にとってはお姉さんみたいなタイプなのよ! そこに主人公はやられちゃうわけね」


 うーーむ。

 なんだか自分の願望をヒロインに投影しているように見えるが?

 あーー、ダメだ。どうしても現実とリンクさせちゃうよな。

 忘れよう。


「じゃあ、ヒロインは主人公のことが好きじゃないんだな?」


「そ、それが……。だ、大好きみたいなのよ」


「へぇ。じゃあ両想いじゃないか」


「そう! 両想い!」


「……なるほど、まとめるとこうか? 主人公はヒロインを好きになる。それで、実はヒロインの方も主人公が好きで、趣味の合うラノベで仲が深まると」


「あ、それは正確には違うのよ。彼女はラノベに興味がないのよ」


「え? じゃあ、なんで読むんだ? 面白いのに??」


「嘘なのよ」


「嘘?」


「そう。彼を振り向かせたいためにラノベが好きって嘘をついてるの」


「なるほど。いじらしいじゃないか」


「でしょでしょ! ウフフ。女の子って好きな男の子には嘘をついちゃうものなのよね」


「ふーーん。そんなもんなのか?」


「ま、恋をしたことがない君にはわかんないだろうけどね」


 なんだそれ?

 随分と大人ぶるじゃないか。


「お前だってないだろ? あまたの告白を断ってきたじゃないか。お前が異性と付き合っているところなんて見たことがないよ」


 彼女は頬を膨らませた。


「……こ、恋。してるもん」


 へぇ。

 好きな人がいるのか……。

 まぁ、つむぎはモテるからな。

 色んな異性が彼女には寄ってくる。その中に好きな人がいても不思議じゃないさ。


「うーーむ。お前に彼氏ができたら僕なんて相手にされないんだろうな」


「何言ってんのよ?」


「いいさ。僕はボッチを貫くだけだからな。まぁ、たまには友達らしく相手をしてくれよな。無視だけはやめてくれ。お隣りさんに冷たくされるのはメンタルに来るんだ」


「んもう。そんなことしないわよ。卑屈なんだから」


「それが僕さ。わかっているだろう?」


「まぁね。幼馴染だもん。でも私に恋人ができたら理央くんが心配よね。寂しさのあまりに死んじゃうんじゃない?」


「ラノベがあるから大丈夫だ」


「ははは。なるほどね」


 まさか、僕の恋人がラノベということで終結するとは思わなかったな。まぁいい。話を戻そうか。


「じゃあ、ヒロインは、普段はラノベを読まないけど、主人公の趣味に合わせて頑張って読んでみるんだな?」 


「う、うん……」


「主人公に振り向いてもらうために、ラノベが好きだと嘘をついている……と」


「う、うん……」


 つむぎは頬を染める。


「なんだよ。赤くなって?」


「なんだか恥ずかしいわ」


「何、言ってんだよ。自分が作ったストーリーのくせにさ」


「ま、まぁそうなんだけど……」


 黒歴史的な恥ずかしさがあるんだろうな。

 気持ちはわからいでもないよ。

 僕だって、昔考えた最強の主人公が活躍する話を考えたことがある。

 それを人に伝えるとなったら顔からファイヤーボールが出るだろう。


 話を戻そうか。


「それで、ヒロインは女友達にバレないようにラノベを読んでいたけれど、それがバレてしまうと」


「うん。表紙が美少女のやつね」


 それはリアルに恥ずかしいな。


「ま、そこはコメディっぽくて面白いよな」


「えへへ。やっと褒められた」


「で、彼女が友達に笑われているところを、普段大人しい主人公が大声を出して助けると」


「うんうん」


「ラノベを通して2人は仲が良くなって、ついには主人公がヒロインに告白する。2人の交際が始まってハッピーエンド。そんな流れだな?」


「そう! 完璧よ! 良い話でしょ?」


「まぁ、話の筋は悪くないよな」


「えへへ」


「でも、書き方がな」


「うう」


「タイトルも悪いし」


「ううう……。どうしたらいいでしょうか先生?」


「じゃあ添削してみようか」


「うはぁあ! ありがとう理央くん!」


 彼女は僕に抱きついた。

 む、胸の感触が……。


「お、おい……。ふ、触れてるぞ?」


「何がよ?」


「な、何がって……。は、88センチが」


「んもぉおお! バカ! エッチ! スケベーー!!」


ポカポカポカポカポカポカ!


「痛でででで」


 僕が悪いことをしたのか?


 こうして、僕とつむぎとのラブコメ作りが始まった。

 彼女が書いた小説は、共有ツールを使って互いの家のパソコンで書くことにする。


 タイトルは僕が候補をいくつか考えた。

 それをつむぎが選ぶやり方だ。

 彼女が了承したのがこのタイトルだった。


『彼女はラノベが好きじゃない〜でも、僕の為に読むってどういう意味?〜』


 うむ。

 中々、良いタイトルだと思う。


 隣りの窓がトントンと叩かれる。

 つぐむの部屋と僕の部屋は隣接しているんだ。

 窓を開けるなり歓喜の声が響いた。


「理央くん! あのタイトルは最高だよ! 私、俄然やる気が出てきちゃったわ!」


 よしよし。

 先生には頑張ってもらわないとな。

 未来の書籍化作家なんだから。


「この調子で修正を進めようか」


「うん。それで早速1話目を直してみたんだけど、どうかしら?」


 ふむ。

 1ページ目の半分。1500文字が風景描写だな。


「私的には凄く気に入っているのよ! 1話目から朝ごはんのシーンになったわ。物語にスピード感が出ているわね!」


「削除だな」


「えええええ!? どこをよぉお!?」


「全部だ」


「えええええ!?」


「読者を舐めるんじゃない。風景描写なんて1行で済ませろ。なんなら無くてもいい」


「ええええええええ!?」


「あと、朝ごはんを食べるシーンは退屈だから全部カットだ」


「ひぃえええええ……! リ、リアリティがないじゃない!」


「それがラノベだ」


「うう……。が、がんばるわ」


「それから、三人称はやめよう。初っ端から一人称で始めようか」


「え? じゃあ、ヒロインの気持ちはどうやって把握するのよ?」


「ヒロインsideにして彼女の一人称で進む回にすればいいさ」


「ああ、なるほど!」


 そんなこんなで1週間が経った。

 作品は、ある程度、完成の目処がつく。

 修正に修正を加えた物語は、主人公がヒロインに告白を決意するところから始まった。

 毎日1話ずつ、カクヨムに投稿することにした。


 今日はその初日。


 ドキドキの瞬間である。


 投稿してから時間を置いて、ブックマークの変動を見てみた。


「あ! り、理央くん!」


「うん?」


「1人、ついてるよ! たった1話投稿しただけでブックマークが1人ついたよぉおお!!」


 よし!


「良かったな。努力の結果が出たじゃないか」


「あは! ありがとう理央くん!」


「ふふふ。お前が頑張ったからだよ」


「ううう。すごく嬉しいよぉ」


 ネットの情報だと、書籍化の打診が来るのはブックマーク1万人は必要らしい。

 それに比べたら、たった1人のブックマークじゃ微々たるものだ。

 しかし、今まで0人だった作品が1人でもついたことは大きな進歩といっていいだろう。これは賞賛に値するな。


「よし。この調子でラストまで書いてしまおう!」


「うん!」


 僕たちはパソコンにかじり付いた。

 執筆初心者にとって、10万字はとてつもなく長い文量だ。

 それを2人で書く。

 そして、物語は最後のシーンになった。


 主人子の男の子がヒロインに告白するシーンである。

 つむぎは、永遠の愛の誓いを台詞にしていた。

 しかし、ラブコメでそれはないだろう。

 

 これは高校生の話なんだ。

 だから、


『僕は君のことが好きだ』


 この台詞に修正した。

 しばらくすると、隣りの窓がトントンと叩かれる。


「理央くん……。最後の言葉。修正したんだ?」


「うん。永遠の愛を誓うなんて重いよ」


「むうーー」


「この2人は高校生だろ?」


「そうだけどぉ……」


「じゃあ、この言葉でも十分だと思うよ」


「そうかなぁ?」


「そうだよ。背伸びしちゃダメだよ。高校生なんだからさ」


「そっか……」


「納得した?」


「ねぇ」


「ん?」


「修正した台詞。なんだっけ?」


 どういう意味だ?

 共有ソフトを使っているから、つむぎの部屋のパソコンで見れるはずだが?


「ねぇ。どんな台詞だった?」


 やれやれ。


「『僕は君のことが好きだ』だろ?」


「………」


「もしもーーし?」


「……ん。なんでもない」


「おかしな奴だな」


「えへへ。理央くんのおかげで超大作ができちゃった。ありがとね」


「ははは。妹の面倒を見るのは兄の勤めだからな」


「…………」


「ん? おい、どうかしたのか?」


「……バカ!」


 そう言って、窓を閉めたかと思うと、カーテンを閉じて見えなくなってしまった。


 なんだ?

 何か気に触ることを言ったかな??

 そういえば、彼女は自分のことを姉のように言っている時があったな。

 謂わば、僕は彼女の弟になるのか。

 やれやれ。どう考えても妹キャラだろうに。世話の焼ける奴だなぁ。


 小説は完結した。

 結果的にはブックマーク10人を獲得した。


「理央くん、理央くん! 凄いよ私たちぃい!!」

 

 1万人からは程遠いが、素人の書いた小説なんてものはこんなもんだろう。

 PV数は300を超えている。

 十分だ。健闘したと言っていい。


 慰労会が僕の部屋で開かれる。

 たくさんのお菓子を用意して、コーラで乾杯である。


「「 乾杯ーー♪ 」」


 と、楽しく始まった会が終盤を迎えた頃。

 彼女は言いにくそうにソワソワした。


「あ、あのさ……。明日、花火大会じゃない」


「ああ。いつものやつな。便利だよね。互いの部屋から見えるからさ」


 僕たちの家の隙間からは花火が見える。

 だから、互いに窓を開けて眺めるのが毎年の恒例行事になっている。

 僕たちは、外に出かけるわけではないが、つむぎは浴衣を着る。彼女曰く、雰囲気が出るから良いらしい。

 まぁ、ハッキリ言って可愛い姿なので、僕にとっては目の保養である。


「明日もさ。お菓子を用意して、ここから見ようよ」


 僕たちは小学生の頃から頻繁にそんな見方をしているんだ。


「そ、それがね。理央くん。実は、私……。学校の先輩に誘われちゃってね。その人と行くことになったの」


 え……。


「そ、そうなんだ……」


 そうか。

 それは仕方ないな。


 ……気になるな。


「その先輩って……。お、男の……人?」


「うん」


 そうか。

 ついに来たか。

 以前に、つむぎは好きな人がいると言っていたからな。


「私ね。その人のことが好きかもしれないの」


「そ、そうか……。それは良かったな」


「反対しない?」


「す、するわけないだろ。する理由がない」


「そう……。じゃあ、私……帰るね」


「ああ……」


 なんだろうな。

 この寂しい気持ちは。


 きっと娘を嫁に出すお父さんの気持ちなのではないだろうか?

 いや、違うか。そんなご立派なもんじゃないな。ただ単に友達を奪られた気分なんだ。寂しい奴だよな僕は。


 いずれ、こんなことになるだろうとは思っていた。彼女は学校一のモテ女だ。

陰キャな僕とは住む世界が違う。彼女にはリアルな彼氏ができて、僕の恋人はラノベだ。


 と、小説を1冊手に取ってみる。

 しかし、とても読む気力はなかった。


 あーーあ。

 なんだか、何もやる気が起きなくなってしまったな。


 次の日の夜。

 花火の音が鳴り始めた。

 窓から顔を出すと、綺麗な花火が見える。

 隣りの家の窓は閉まっていて、カーテンがかかっている。


 いつもなら、あの窓から、笑顔のつむぎが顔を出すんだ。可愛い浴衣姿でさ。


 僕は花火より、窓を眺めていた。

 

 僕はこんなにも未練たらしい男だったんだな。


ヒューーーーーーー。


パーーーーーーーン!


 花火の音が僕の頭に響く。

 途端に悲しさが込み上げてきて、涙が溢れた。


 おいおい。

 泣いてるぞ僕は。


「ははは。情けない」


 今、わかった。

 

 僕はつむぎのことが────。


 せつな、隣りのカーテンが動く。


「え?」


 窓が開いて、顔を出したのは浴衣姿のつむぎだった。


「お前……。なんで?」


「…………」


 それは怒っているようで、それでいて悲しげな顔だった。

 僕は涙を拭いてから、


「おい、どうしたんだよ? 先輩と何かあったのか?」


 彼女はプルプルと体を震わせたかと思うと、大粒の涙を流し始めた。


「おいおい! 本当にどうしたんだ? 何があった!? 先輩に嫌なことでもされたのか!?」


「うう……。私の心配なんかしてさ! お兄ちゃんにでもなったつもり!? 自分は寂しくなかったの!?」


 それは、寂しかったに決まっている。

 思わず泣いてしまったんだからな。

 でも、


「僕のことより、つむぎの心配だよ。どうしたんだよ。なんで泣いてるんだ?」


「私が他の男の人とデートしてもいいの?」


「なんだよそれ?」


「止めて欲しかったの!」


「え?」


「行くなって言って欲しかったのよ!」


 はい?


「いや、どういう意味だ?」


 彼女は顔を真っ赤にして泣いていた。


「嘘よ」


 え?


「先輩と行くなんて嘘なの!」


 えええ!?


「なんで嘘なんかつくんだよ?」


「女は嘘をつくもんなのよ!」


 そういえば、前に、そんなことを言っていたな。


 彼女は更に泣いた。


「もぉ……。ここまで言わないとわかんないかなぁ? 君はぁ」


「な、泣くなよ」


「悲しくなってくるもん! 私の気持ちが全然、伝わないんだから!」


「……な、なんかごめん」


「本当は作家なんか目指してなかったのよ」


「え?」


「私がラブコメを書いたら、君が喜ぶと思っただけだから」


 う、薄々は気がついていた……。


「あーーあ。本当は私から言うのは嫌だったんだけどなぁ」


「な、何が……?」


「友達の関係が壊れるかもしれないし、それに、やっぱり言われたいしね」


 言われたい?

 

 僕の脳裏に小説の言葉が過ぎる。

 あの時、彼女が怒った理由が、今わかった。


「あーー、でももう限界なの。理央くん、聞いてくれる?」


「………」


「私ね、君のこと──」


「待ってくれ!」


 花火の明かりが僕らを照らす。


 僕は気がついたんだ。

 本当は妹なんかじゃない。 

 僕は、ずっと昔から、彼女を異性として見ていた。

 だから、つむぎ──





「お前のことが、好きだ」





 彼女は呆然としていた。

 花火の音が、僕たちの間を無情に鳴り響く。


 こ、これは……。

 もしや、しくじったか? 


 瞬間。

 彼女は大粒の涙をボロボロと流した。


 な、泣かした!?


「ごめん! なんか、場違いなこと。言ったかもしれない!」


 彼女は笑う。


「ううん。違うの。私も好き。大好き。理央くんのことが世界で一番好きなの!」


 僕たちは花火の明かりに照らされた。



おしまい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ラノベ作家になりたい美少女はラブコメのことがわかっていない〜僕は興味がなかったけれど、彼女の小説はラノベのラの字もなかったのでテコ入れすることに決めました〜 神伊 咲児 @hukudahappy

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ