星海の虚ろ舟

 ミナレットの頂上からは、砂色のキャンバスの上に瑠璃色を散らしたような街が一望できた。オレンジ色の空が深い群青色に染め上げられていくのを見上げて、酒井塞は身が震える思いがした。陽が落ちて肌寒くなったからかもしれない。

 天頂付近にゆらゆらと揺れる雲のようなものが棚引いている。それが街の南東方向にするすると滑り出す。雲のようなものが次第に青い光を帯びていくと、遥か彼方に落ちていった。

 その瞬間に塞の脳裏に迸る映像の断片がある。光の落ちた場所はステップ地帯特有の短い草原が広がっている。少しだけこんもりと盛り上がった小さな丘があり、その地中に微かに空間がある。多くの馬が輪になって横たわっている。その中心に恭しく飾り立てられ眠っている男の姿があった。


 スッと目が覚めた。

 十月の朝は塞にとっては肌寒い。そのせいで不思議な夢を見たのだろう。昔から、塞は見た夢を調べるのが好きだった。早速ベッドから抜け出して、タブレットで検索を始めた。夢占いではない。夢に見た場所や言葉、出来事を調べるのだ。たまに、それが実際に存在している時がある。時間があれば、夢に出てきた場所に行って、思いを馳せることもある。

 ずいぶん時間をかけて調べたところ、夢で見たのと全く変わらない景色をネット上から見つけた。

 サマルカンドにあるレギスタン広場に立つミナレット(塔)の上からの眺めだ。地図上で南東方向に進んで行くと、見慣れた草原が広がっている。そして、こんもりと盛り上がっている小さな丘も……。

 この中央アジア地域では、クルガンと呼ばれる古墳が発掘されており、今でも未発見の王墓が残されているらしい。塞は高揚感を胸に、ノートパソコンを引っ張り出して来た。こうなると、彼の好奇心を止めるものは何もなくなる。

 二時間後には、サマルカンド国立大学のメールアドレスに、考古学教授に向けてのメッセージを送信していた。


考古学教授の方へ


 馬鹿馬鹿しいと思われるかもしれませんが、夢の中で古いクルガンを見つけました。サマルカンドの南東にある場所です。草原に小さな丘があると思うのですが、その地中に多くの馬が埋葬されています。その中心の玄室におそらくは王だと思うのですが、男性が横たわっています。クルガン自体が崩落したことで埋もれてしまっているようで、盗掘されていないように感じました。その場所の地図URLを共有いたします。

 私は酒井塞といいます。日本の大学で考古学を専攻していたことがあります。もし、何かお手伝いできることがありましたら、いつでもお声掛け下さい。


 翻訳ツールを駆使して、ウズベク語と英語の文章を作り、日本語の文章も添えた。下らないように感じられるが、彼自身これまで世界中を旅してきて、こういうアプローチが新たな出会いに繋がったケースが多々あった。今回も思い立った熱量そのままにメールの送信ボタンを押したのだった。

 二週間ほどして、そのメールに返信があった。


酒井塞さん


 興味深いお知らせを下さり、ありがとうございます。

 私はサマルカンド国立大学で考古学を研究しているN・A・カサノフといいます。

 頂いたメールを見て驚きました。調査を検討していた場所だったからです。現在、ウズベキスタンでは、農地拡大に伴って地中の遺跡の破壊が進んでおり、社会問題となっております。そこで、遺跡保護の意味も含めて、サマルカンド周辺の遺跡発掘プロジェクトが急ピッチで進行しているのです。

 酒井さんのメールにあったクルガンと思われる場所の発掘調査には、早くても数週間から数か月を要すると思われます。何か動きがありましたらお知らせします。その際には、お手伝いして頂くこともあるかもしれません。

 私自身、日本で考古学について学びましたので、酒井さんとお会いできることを楽しみにしております。


 塞はこのメールを見た一週間後には、仕事を放り出してバックパックを背負うと、日本を飛び出していた。西安に飛び、そこからシルクロードに入る。乾燥した刺々しい冷気に揉まれながら、十一月をシルクロードに沿ってゆっくりと西へ向かった。

 十二月の初旬、乗り合いタクシーに揺られながら、ウズベキスタンの首都タシケントからサマルカンドに入る。遮るものがない地平線までの空はすっかりと星に彩られていた。

「なんだ、ありゃあ?」

 タクシーの運転手が素っ頓狂な声を上げる。塞が同乗者と一緒に窓から顔を出してサマルカンドの上空を見ると、なにやら不思議な光がフラフラと漂っていた。数キロ先のことで、飛行機なのかヘリなのかは判然としない。

「UFOだ」

 塞がそう呟いた途端、謎の光は猛スピードで空の彼方に飛んでいった。タクシーは市街地のホテルで塞を降ろすと、排気ガスのにおいを残して走り去っていった。ホテルにチェックインし、部屋でシャワーを浴びて出てくると、スマホにメールが着信していた。



 イシク・クル湖の素晴らしい写真をありがとう。あの魚はあれから食べたのかな?

 ところで、発掘調査の結果、君が言っていた通り、崩落したクルガンを地中に発見した。そして、驚くべきことに、君の指摘の通り、二十体の馬と共に王と思われる人物が埋葬されていた。盗掘の形跡は見られなかったが、崩落の影響で副葬品のほとんどが破損してしまっていた。

 とはいえ、未発見の王墓であることはほとんど確実で、古代ペルシャ語を記した石板も少しだけ見つかっている。奇妙なものも見つかっているが……。

 今日にも君はサマルカンド入りするだろうから、明日の午後にでもお茶がてらに会って話をしたいがどうだろうか? もしかすると、発掘品の調査現場を案内できるかもしれない。


 翌日、塞はカサノフとの待ち合わせ場所である、セントラル・パーク近くのレストランに向かった。店に入るなり、奥の席で髭の男が手を振った。

「こんにちは」

 カサノフは流暢な日本語で挨拶した。

「お時間を取っていただきありがとうございます」

 塞が頭を下げると、カサノフは大袈裟に両手を振った。

「とんでもない! 塞のおかげで素晴らしい発見ができたよ」

 二人は席について、いくつかのメニューを注文すると、カサノフは嬉しそうにスマホに収めた写真を塞の前に差し出した。

「これが発見されたクルガン」

 区画整理された発掘現場に空いた穴の中に、崩れた石のドームのようなものが見える。

「どうやら、クルガンを支える木組みが中で折れて、それで崩落してしまったらしい」

 塞は言葉が出なかった。

「僕が夢で見たのとまったく同じ光景だ」

「本当に? それはちょっと……やばいね」

 カサノフはそう言って笑った。

「馬と……長い帽子の人たちも一緒に埋葬されていますよね?」

 次の写真を見せるより前に塞にそう言われて、カサノフはいよいよ笑えなくなっていた。彼が見せた写真は、クルガン内部をフラッシュ撮影したものだ。朱色の衣装に黄金の装飾を施した家臣らしき人々が丁重に埋葬されていた。彼らは細長い帽子を被せられていた。それが祭儀的な出で立ちなのだろう。

「おそらく、紀元前五世紀ごろのものだと思うけど、もう少し詳しく調べる必要があるかなと考えているよ」

「発掘されたものは大学で調べているんですか?」

「アフラシャブ博物館と提携して発掘調査をしていて、そちらでスタッフが頑張っているよ。なにしろ、副葬品の品数が多くて整理が大変なんだ」

「アフラシャブ博物館?」

「天文台の方に考古学保護区があるんだが、そこを管理しているんだ」

 二人は昼食を特に味わいもせずに済ませると、足早に店を出て駐車場に停められたカサノフの車に乗り込んだ。カサノフによれば、発掘品の整理現場に立ち入りが許可されたらしい。

 車で十分ほど走り、アフラシャブ博物館に到着すると、地下へと案内される。巨大な倉庫の一角が作業スペースに割り当てられており、いくつも置かれたテーブルで数人のスタッフが作業を行っていた。カサノフは簡単に塞を紹介したが、スタッフたちの目が目に見えて輝いたのが分かった。どんな話が伝わっているのか分からないが、塞にとっては動きやすそうな環境であることは確かだった。

「重要な副葬品のひとつがこれだ」

 スタッフが慎重に汚れを取り払っている石板があった。完全な形は保っていないが、楔で打ち込まれた文字の形が判別できる個所もある。

「なんて書いてあるか分かるんですか?」

「石板が破損して、途中までしか分からないんだが、おそらくは『サカ族の王』と書かれている。名前の部分は……まだ見つかっていないな」

「サカ族?」

「かつてこの地域にいた遊牧騎馬民族だよ。ダレイオス一世の『ベヒストゥン碑文』でもサカ族についての記述があるよ」

「その王様があのクルガンに埋葬されていたということですか?」

「そういうことになるね」

 スタッフたちが塞をチラチラと見ている。塞は不思議に思って、カサノフに目で問い掛けると、背中を優しく撫でられた。

「まあ、私が少し……盛って話をしてしまったのが悪いんだ。君の名前は酒井塞というだろう? サカ族はギリシアの史料では〝サカイ〟と記述されているんだ」

「僕の苗字?」

「それだけじゃない。中国の史料では漢字で〝塞〟と記述されるのがサカ族だという通説があるんだ」

「まるきり僕じゃないですか」

「そんな君が夢の中でこのクルガンを見つけたと言ったんだ。偶然で片づけるにはあまりにも出来過ぎていると言えるじゃないか?」

 申し訳なさそうに話し始めた彼だったが、最後の方はどこか誇らしげに言うのだった。

「僕自身が驚いていますよ。まさか、こんなことになるとは……」

「石板の残りの部分も解読が進めば、新たな事実が明らかになるかもしれない」

 しかし、カサノフの表情はみるみる曇っていく。塞が怪訝に思っていると、とあるテーブルの上に置かれた箱の中に何かが置かれているのが見えた。

「これは……オイルライター?」

「そうなんだよ……。数年前に製造されたオイルライターが祭壇の上に置かれていたんだ。ところが、クルガンの上に覆い被さっていた土の層に掘り起こされたような形跡は一切ない。こいつの存在が我々を悩ませているんだ」

 さきほどまで好奇の目に見えていたスタッフの目が、今では自分を疑うかという風に光っているように塞には思われた。

 塞はカサノフに案内されてひと通り副葬品整理を見学して博物館を後にしようとしたが、地上に出たところでスーツの男が塞に接触してきた。カサノフが間に入って事情を尋ねると、スーツの男はノヴィコフという文化省の人間であることが分かった。

「文化省の方がなぜ僕に?」

 ノヴィコフが話す内容をカサノフが通訳する。

「あなたが我々の文化であるクルガン遺跡へ侵入した疑いについて検証しています」

「僕が? クルガンに?」

「もっとも、現在のところは調査中です。ただ、あなたに事情聴取をする機会があるかもしれませんので、宿泊先と連絡先を共有頂きたいのです」

 塞に断る選択肢などなかった。すぐに求められた情報と念のためにパスポートを見せた。

「あなたは事前に申請をしているので、三十日間はビザが必要ありませんね。おそらく、あなたの滞在期間中に調査は完全に完了すると思います」

 ノヴィコフはそう言って、形式ばかりの笑顔を見せて足早に去って行った。浮かない表情の塞の肩をカサノフは優しく叩いた。

「誰も君がやったとは考えていないよ」


 ホテルに戻って来た塞は、異様な疲労感に苛まれていた。

 初めて訪れたサマルカンドで、まさか国の機関に目をつけられることになるとは……。カサノフによれば、何者かが侵入したのであれば盗掘が行われていないのは明らかに不可解で、ライターは何らかの拍子にクルガン内部に落ちたのではないかと考えられているらしい。

 夕食をホテル内のレストランで済ませ、部屋に戻った頃には、すっかり夜の帳が下り、バルコニーからは窓ガラスを通して冬の気配が滲み出していた。

 塞が旅行日誌を書きながらうとうとし始めたころ、窓の外にぼんやりと青白い光が広がっていった。壁の時計は午前二時過ぎを指しており、塞が不審に思いながら窓の方へ近づくと、光はさらに強さを増していった。

 レースのカーテンを開けて、窓の外を見上げた。

 鉛色の巨大な円盤が青白い光を発して浮かんでいた。サッカーコートほどはあろうかという巨大な物体が音もなく中空に静止しているのだ。思わず窓を開けてバルコニーへ歩み出た塞の身体を光が包み込んでいく。

 塞が気がつくと、真っ白な部屋の中に横たわっていた。固く、同時に柔らかい台の上に横たわっていた塞が身を起こすと、部屋の向こうの人影がこちらを向いた。

 長い頭、黒く大きな目、灰色の痩せた身体……これまで塞が事あるごとに様々なメディアで見てきた宇宙人そのものだった。

≪もう心配はない≫

 その声は塞の頭の中に直接届いているようだった。ずきりと痛む背中に塞は顔をしかめる。宇宙人は緩慢な動きで首を傾げた。

≪定着するまでは違和感があるだろうが、気にする必要はない≫

 塞は何かを言おうとしたが、意志に反して口が動くことはなかった。宇宙人は丸い窓の外に顔を向けた。

≪そろそろやって来るころだ≫

 塞がその視線を追って目をやると、意志を持ったかのように窓が横長に広がっていく。その窓の外に、翡翠色に輝く巨大な鳥の姿が飛び込んできた。大きな目に大きな嘴、立派なたてがみのような鶏冠が風になびいている。

≪フマが君を待っている≫

 宇宙人がそう言うと、窓が開いた。不思議なことに、かなりの高度を飛行しているにもかかわらず、部屋の中に風が吹き荒れることはなかった。

 塞は言葉のない促しに従って立ち上がると、開いた窓に歩み寄って行った。フマの宝玉のような目が塞を捉えて離さなかった。その頭が窓のすぐそばに迫ってきた。乗れと言われているような気がして、塞は思うがままに裸足でフマの頭の上に乗った。部屋の窓が閉じて、鉛色の船が音もなく飛び去って行ってしまった。

 塞はフマの鶏冠を掴んで周囲を見回した。見渡す限りの星の海だ。雲は遥か下に広がっていて、遠くの水平線が弧を描いている。それなのに、塞は春のようなそよ風に包まれていた。

 フマが急降下し始める。雲を抜けた先に、大地が姿を現す。暗闇に塗りたくられたようなのっぺりとした地面。ある一点に燃える炎の点が揺らめいているのが見えた。フマが頭を思い切り振ると、塞の身体は投げ出されてしまう。それでも、不思議と恐怖心はない。

 徐々に地上がはっきりと見えてくる。石を組み上げたようなドーム型の建物のまわりに細長い帽子を被り、黄金の装具を身につけた人々が輪を作っていた。

 塞の身体はそのドーム型の建物の中へと染み込むように入っていった。建物の中には祭壇があり、その手前に塞の身体はふわりと着地した。祭壇の周囲にも儀式の装いの人間たちが並んでおり、彼らは揃って口を開け放していた。

 塞が咳き込むと、喉の奥から異物が飛び出してきた。手のひらに落ちたそれは、紛れもなく、クルガンから見つかったオイルライターだった。ライターには狼が描かれていた。訳も分からず、それを祭壇に置くと、描かれた狼から火が立ち上った。それを見た者たちが、口々に歓声を上げる。その声は波紋のように広がっていった。


 次に塞が目覚めた時、塞の目の前には見覚えのある天井が広がっていた。

 不思議な気持ちだった。石造りの狭い部屋。壁にかけられたカレンダーには、誰かがコーヒーでも引っ掛けたのか、茶色いシミがついていてそのままになっている。

 タシケントの宿だった。

 勢いよく体を起こして、スマホを手に取る。日付は十二月三日……塞にとっては昨日だ。

 時刻は九時を回っていて、カサノフからのクルガン発掘で見つかったものについてのメールはまだ来ていない。何が起きているのか分からず、塞は部屋のテレビを点けた。言葉は分からないが、昨夜サマルカンドで何かがあったらしい。人々が空を指さして何かを喋っていた。しばらくして、画面に昨夜の出来事の図解が表示された。鉛色の円盤が街の上空に現れて、青白く発光し、瞬く間に飛び去って行ったようだった。

 塞は朝食も摂らずに街を気もそぞろのまま歩いた。ビルの壁に埋め込まれた気温計の日付も、売られている新聞も、いずれも十二月三日のもので、街はそのことに少しも疑問など抱いていなかった。あれがリアルな夢だったのでは……塞はそう思わずに正気を保てなかったかもしれない。

 やがて、頭も冴えてきたのか、夢と現実の間に折り合いをつけられるようになってから、ようやく街の風景が色を取り戻していた。街の土産物屋で火を纏った狼のライターを見つけた時に、背中の辺りが熱くなったような気がしたが、おかしな夢の体験談のきっかけにでもしようと購入した。ライターにはオイルが入っておらず、それならばと、日本の友人へ送ろうと思い立ち、国際郵便で発送手続きを行った。

 タシケントの街を午後二時ごろに出る。乗り合いタクシーを見つけて乗り込むと、塞が最後の客だったらしく、車が勢いよく発進した。

 タシケントからサマルカンドへは、四、五時間の道のりだ。途中に休憩などを挟んだ上、渋滞に巻き込まれたこともあり、サマルカンドが近づくころにはすっかり陽が落ちていた。

 ホテルについて部屋に入り、シャワーを浴びて出てきた頃合いを見計らうかのように、カサノフからのメールが着信した。その内容に塞は再び夢に引きずり込まれるような思いがした。一度読んだことのある文章だ。発掘現場から大量の副葬品が発見されたという報告、そして、明日の約束についてのカサノフの提案を目にして、塞は眩暈を感じた。

 窓の外にバルコニーがある。外の空気を吸おうとして窓を開けると、街中にサイレンが鳴り響いた。続いて、男の声で何やらまくし立てるような声。

 その放送が終わってしばらくすると、バルコニーから見える建物の入口という入口から人々が溢れ出てきた。その人の流れが真っ直ぐに塞のいるホテルに向かっていることは目に見えて明らかだった。おぞましさを感じて足がすくんでいると、部屋のドアが乱暴に叩かれる。そして、怒りを露わにした怒号。

 塞が立ち尽くすことしかできないでいると、ドアに体当たりをするような音がする。バルコニーの下では、何百という人々が他人の身体を踏み台にし合いながら、このホテルの塞がいるバルコニーに登ろうとしていた。塞のいる三階までは、人間一人の力では到達しえないだろうが、人間の塊が山をなして、バルコニーのすぐ下まで迫ってきている。怒号が飛び交い、その鬼のような形相が自分自身に向けられていることを悟って、塞は震えて動けなくなってしまう。

 頑丈な部屋のドアはまだ侵入者を阻んでいるが、それも時間の問題だった。

 なぜこんなことになったのか分からないまま、塞はバルコニーから外に出ようと試みたが、飛び降りられる高さではない。それに、山をなして登ろうとしている狂人たちの向こうに、こちらに怒りを放っている者たちもいる。逃げ場はなかった。

 絶望に打ちひしがれていると、夜空がパッと明るくなる。

 人々が一斉にそちらを見る。

 大きな鉛色の円盤が青白い光を発して浮かんでいた。

 その円盤から青白い光が下りてきて、塞を包み込む。

 ゆっくりと塞の身体が浮き上がっていく。

 塞は背中に走るずきずきとした痛みを感じながら、遠のいていく意識に身を任せることにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る