第23話 後始末

 「お嬢はさ、賢いからさ、俺はてっきり知ってるもんだと思ってたんだけどさ、普通な? 人間は腹ぶっ刺されたら死ぬんだぜ?」


 「痛い痛い、真島さん、痛いって、包帯そんな締めないで、あででで」


 「止血用だから我慢してね、社長。奇跡的に傷は深くないから、やることやったら、さっさと撤退ね。ほんとは今すぐにでも撤退したいけど」


 「あはは、ま、最後にやることあるからね。致命傷じゃなかったのも私の先見の明のなせる業……って、堂島さんなんか顔が怖いよ……?」


 「堂島さーん、我慢は毒だぜ。一発くらしばいといたほうがいいって、このばかお嬢」


 「いや、僕は社長が元気になってから、ちゃんとお話するよあと色々」


 「…………あはは、元気になったら何が待ってるの?」


 「……うーん、知ってる社長? しっかり指を鍛えてるとね、デコピンでも結構痛いんだよ?」


 そこまで話ながら、三人はよっこいせと腰を上げた。場所は未だ組織の研究室の中、部屋の片隅には椅子に縛り上げられ、布で眼を縛られた第二主人の青年が座っている。


 「というーか、二人こそ、他の組織テナントの人間はどうしたの? 私、5人気絶させたら撤退って言ってたと想うけど?」


 「あらかた吹っ飛ばしたら、勝手に散り散りになって逃げてったよ。俺的には目標30人だったんだけどな、結局何人吹っ飛ばしたんだっけ?」


 「27人だね。久しぶりの割にはよく動けた。みつきちゃんのお陰で、負傷者が元から結構多かったみたいだね、佐伯ちゃんと渚ちゃんたちの攪乱もあって、かなり楽だったよ」


 「わお、うちの社員がバーサーカー……。堂島さん、正面突破は難しいとか言ってませんでしたっけ? ……途中で逃げたのがいたのは紗雪のお陰かな、まあ、けが人もいないようで何より」


 「ああ、お嬢以外な?」


 「たはは、あいだだ、真島さんいたいたい、出ちゃう、なんか出ちゃいけないの出ちゃうから」


 「なに? 小便か? 心配すんなお嬢、どうせ帰りの車はみんなどろどろに汚れてるよ」


 「真島君、多分、社長が言ってるの内臓の話だよ」


 それから数分ほどして、佐伯が慌てた様子で部屋に入ってきた。


 それを確認して、羽樹里はよっこいせと腰を上げる。そんな羽樹里を見て、真島少し心配そうに眉根を寄せた。


 「ところでさあ、お嬢」


 「ん、どうしたの? 真島さん」


 「これから、あれだろ、こいつに、みつきちゃんにかけた命令を解かせるんだろ?」


 「うん、そうだよ?」


 「……でさ。もしこいつがさ、猿ぐつわはずした瞬間に、『俺たちをぶっ飛ばせと』か命令してきたら、やばくね? さすがに、今からみつきちゃん抑えれる自信ないぜ?」


 「ふふーふ、大丈夫、そこらへんの対策はバッチリなのだ。そのために、さっきから真島さんに目かくしだけでなく、人力耳栓やってもらってるわけなんだし」


 そういって、真島は青年の耳に突っ込んだ指をごりごりと動かしながらぼやいた。


 「ほーん、これただの嫌がらせじゃなかったんだ」


 「そ、視覚と聴覚も封じたから、そこな彼には、そもそもみつきがこの場所にいるかどうかさえ、わからない。というわけで、真島さん、耳栓はずしていいよ」


 「あいあい、まむ」


 軽い調子でやり取りを交わしながら、羽樹里はすっと目を細めて、声を意図的に低くした。

 

 「ふふふ、はぁーろ、聞こえてる? 聞こえてたら頷きなさい、それ以外の反応は許さないから」


 「………………」


 「状況理解が速くて何より。じゃあ、一度しか言わないから、よく聞きなさい」


 最後の仕上げとばかりに、羽樹里は声を一層低く、震わせる。


 「今から私が言うことを、一言一句違えること、繰り返しなさい。


 『認証コード『67295083104921587603827419635718246091748253096』

 上位命令『現時刻を持って第二主人が発した上位命令を含む、全ての命令を解除する』続けて、


 認証コード『12609843750672198357401986325468709153204768539』

 上位命令『現時刻を持って第二主人の権限を全て放棄する』』



言い淀んだらそこでアウト、途中で詰まってもそこでアウト。当然、違う命令を唱えてもアウト。反抗したとみなした瞬間に喉は潰すし、それ以外のことも許さない、それでも、もし反抗したら―――」


 「…………殺すのか? お嬢」


 「ううん? 何もせずに、縛ってここに放置する。多分、三十分くらい転がってたら、くそばばあの部隊がここに突入してくるから。きっと一杯可愛がってもらえるでしょ?」


 「なーる、死ぬよりひでえや」


 「と、いうわけで、今の一連を十回復唱しなさい。余計なことを一言でも喋ればそこで、アウト、猿ぐつわを外して、すぐに復唱。理解したら頷きなさい」


 「………………」


 「ふふ、最後の機会だし、折角だから反抗してみる? 私達があなたの十回の命令のどれをみつきに聞かせるかは、完全に私たち次第。Eカードより大分、分が悪いけどチャレンジしてみる? そういうギャンブル精神も私以外と嫌いじゃないよ?」


 「ああ、こいつの言うことを、俺たちが必ずしもみつきちゃんに聞かせてるとも限らないってわけか。みつきちゃんの耳塞いで、頃合い見て、耳栓外せばいいもんな」


 「そーいうこと、じゃ、五秒数えたら、猿ぐつわ外してあげて」


 


 「5」



 「4」



 「3」



 「2」



 「1」










 ※










 誰かを踏みにじることは、簡単だ。


 他人の権利を、自由を、意思を、尊厳を、その全てを踏みにじって、あえて選択肢を自身で選ばせる。


 ゲームのコントローラーを、決定ボタン一つ以外全て叩き壊してから渡すようなものだ。


 選べる選択肢などどうせ一つしかないのに、その最後の一つをあえて自身の手で選ばせる。


 そうすることで、たとえそれが選ばされたものであっても、自分の意思で行動してしまったと言う事実だけが、そいつの心に傷として永遠に残り続ける。


 ばばあがよく使う、他人の意思を挫き、服従させる常套手。


 私も散々使われた、多分、この世の中で最も悍ましい暴力の一つ。


 そんな行為、もちろん普段はやりはしないけど。ま、相手が外道の類だとそこらへん、気持ちが楽だよね。


 だって、今まで散々酷いことをしてきたのだから、自分の番が回ってきても今更、文句など言わないでしょう。そう、嗤って刃を振り下ろせる。


 その理屈で言うと、もちろん、私もいつか因果が巡って、誰かに踏みにじられる時が来るわけだけど。


 一体、それは何時だろうか。


 その時、私は大切なものをちゃんと、遺して逝けるだろうか。


 まあ、ばばあのせいで、私の人生はとっくの昔に、暴力の連鎖に組み込まれてしまっているわけで。


 抜け出すこともできないままに。一度、被害者にならないために、加害者になる選択肢を選んだ時点で、私の行く末は決まってしまった。


 ――――この選択肢さえも、いつかに、あのくそばばあに選ばされたものだと想うと、汚濁のような反吐を吐きそうになるけれど。


 ていうか今、こうして、誰かのコントローラーを潰して嘲笑っている―――そんな、私のコントローラーは、あと幾つボタンが残っているんだろうか。


 私が自分の意思で選んでいると想っているこの行動が、一体、どこまでこの暴力に満ちた世界に支配された結果なのか。


 それをちゃんと自覚するのが、どうにも怖くて。


 苦しくて。


 悍ましくて。


 そのまま耐えきれずに、叫び出してしまいそうで。


 でもそれすら許されないままに、私は無造作にまた暴力を誰かへ振るう。自分が踏みにじられないために。


 そうやって、誰かを踏みにじる感触は悍ましくて、直接手なんて下さなくても、充分気持ちが悪くて。全身の肌が捲れ返ってしまうような、身体のありとあらゆる骨がぐしゃぐしゃに崩れてしまうような嫌悪感が、身体をじわじわと蝕んでくる。


 その感覚に、ただじっと耐えながら



 そうして、私は、私の戦争暴力をひとまず終えた。



 車の後部座席で揺られながら、傍で命令の処理のため意識を落として、静かな寝息を立てるみつきを眺めながら。



 失血で薄まる意識の中、そっとその頬を撫でかけて―――。



 自分の手が、自分の血で酷く汚れているのに気付いてやめた。



 それからすっと瞼を閉じて、想い描く。



 きっといつか、暴力を忘れた君が笑顔で草原をかけていく姿を―――そんな都合のいい夢のような光景を。



 そっと静かに思い浮かべた。



 その隣に、きっと私の居場所はないけれど。



 でも、きっといつか。



 そんなことを想いながら。

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