第12話 主人と街へ、猫を見る—①
他の組織の殺し屋がどういう扱いを受けているのか、私はよく知らないけれど。
実践投入前の個体だからといって、人を殺した経験がないかと言われればそうじゃない。
新薬の実験だったり、性能テストだったり、そういうので何人かの人間は殺してきた。
殺人という同族殺しを行っても、拒絶反応が出ないか、というところまで含めての実験なのだ。
さしたる拒絶反応もみせずに、とある老人をあっさり殺した私を、第二主人はガラス越しに酷く満足そうに眺めていたっけ。
それが、狂しいことだというのは知識上知っている。
組織のデータベースから得た知識、日常に平凡な子どもに擬態するために得た形だけの良識、そのどちらもが今の私は狂っていると判断してくるけれど。
そのための身体の反応は、欠片の一つだって現れない。
罪悪感に胸が痛むとか、暴力を腕が躊躇うとか、拒絶感で息が詰まるとか。
そういった反応の全てが私の身体から、無造作に削ぎ落されていたから。
だから私は躊躇わない―――躊躇えない。
振るう刃に迷いはなくて、振り下ろす撃鉄に躊躇はなく、引き絞る鋼線に戸惑いなんてありもしない。
その在り方はまさしく殺しの人形で、ただ下される命令を実行する機構でしかない。
血の通っていないルールやシステムに愛着を抱く人間などいはしない。
だから、私に対して愛着が向けられることなどありえない。
そう想っていたのだけど。
「みーつき、今日はどこいく?」
「……主人の行きたいところに行けばいい」
「ええ~? 私はみつきがいきたいところにいーきーたーいー」
「…………私はどこに行けるかも知らないんだから、無茶言わないで」
ここ数日、学校の帰りに主人は決まってそう言って、私をどこかに連れ出していた。
街のゲームセンターだったり、大きな家電量販店だったり、路地のこぢんまりした本屋だったり、大きなビルの上にある開けた公園だったり。都会のど真ん中に何故かある釣り堀だった梨。
とにもかくにも色々だ。このやり取りも、数回目だけど、もうこの後の流れが見えている。
「うーん、じゃあねー、パンダが見れる動物園と、猫が一杯いるカフェだったらどっちがいい?」
そして、いつも通り二つ案を出して私に選ばせる。そうやって、主人は酷く楽しそうに私の意思を尋ねてくるわけだけど、私としては正直どちらかと言われてもよくわからない。
パンダ……猫……一体何が違うのだろうか。というか、そこで対比でだすなら、犬と猫ではないだろうか。漢字で表記すればパンダも熊猫だけど、まあそれは今は関係ないのか。
ただ、主人にそう望まれているので答えるしかないわけだ。厳密には命令じゃないのだから聞く義務はないはずなのだけど。
私のことを期待に満ちた眼で見つめる主人の顔を見てから、仕方なく口を開く。
「…………じゃあ猫」
すると主人は酷く嬉しそうに顔を綻ばせるとぐっと親指を立てた。
「おっけい、じゃあいこっか。みつきならそう言うと想ったよ」
それから、そう言うと、意気揚々とスマホで近隣の猫カフェについて調べ出す。
そんな主人を少し困りながら私は眺めて…………なんでか少しだけ違和感を覚えていた。
…………そう言うと想っていた?
「ねえ、主人」
「んー、なに? みつき」
私の声に主人はスマホを触る手を一旦止めて、私を見る。
「なんで私がそっちを選ぶって想ったの?」
そんな私の些細な問いに、主人は酷く、ほんとうに表情をすっかり崩してこちらに笑いかけてくる。
「んー、なんでだろ。なんとなく、みつきは猫好きそうだなーって」
そういってあなたはふふふーと楽し気に鼻を鳴らしながら、スマホを操作して道を調べていた。その答えに、私はどことなく釈然としない物を感じながら、道の前方に向き直る。
『人間ってめんどくさいんっすよね。どうしても個体としての指向・偏りっていう物が生まれてしまう』
少しだけ頭痛がした。
『個性っていうんすか。種の多様性が故っすけど、ま、君みたいな人形造るには、そいつはただのエラーの元。ノイズの発生源。再現性がとれなくなる邪魔な要素でしかないんっすよ』
頭痛がする。
『個体ごとに薬の調整変えんのも面倒でしょう? だからね、君のそれは―――』
頭痛。
『私が全部―――――こ―――――――――か―――』
いたい。
いたい。
いたい。
「みつきー?」
はっとなって我に返った。気が付くと、主人がどことなく心配そうに私の顔を覗いている。
「大丈夫? ちょっとぼーっとしてたけど……」
「……大丈夫。支障はない」
そう返事をするけれど、あなたはまだどこか心配そうだ。
「しんどかったら休んでいいからね? というか、調子悪かったらちゃんと言ってね? 猫カフェはまた今度でもいいからさ」
その言葉に、私は首を横に振った。
一瞬のフラッシュバックこそあったけど、自分の現状を把握できていないほどまいってはいない。大丈夫、与えられた任務に支障はない。
「問題ない、あなたは私が守るから」
「ふふふ、そっかじゃ、頼りにしてるよちっちゃなボディガードさん。ま、猫カフェ行くだけだから、何にもないとは想うけどねえ?」
しばらく私の瞳を覗いて、大丈夫そうだと判断したあなたは少しだけ息を吐くと、そういって歩き出した。私も変わらずその隣について歩く。
「わからない、猫に爆弾を飲み込ませてくる暗殺者がいるかもしれない」
「それはもはや建物に爆弾仕掛けた方がはやくない? というか、さすがにその猫を犠牲にする暗殺手段は許せんけど」
「…………? 一般的には暗殺なんてどんな手段でも許せないと想うけど」
「ん? …………ああ、そうだね。なんか感覚鈍ってた……たはは」
そんな会話をしながら、私達は猫カフェに向かって歩いて居た。
春の夕方も近い頃のことだった。
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