第13話 主人と街へ、猫を見る—②
「みつきって猫っぽいよねえ、なんとなくだけど」
「そう……?」
「うん、身体が柔らかいとことか、高いとこにすらすら昇るとことか、いかにもねこっぽい」
「…………そう」
「だから猫と仲良くなれるんじゃないかなあって、おもってはいたんだけどさ」
「………………」
「ふふふ、まさかここまでとは予想外だったなあ」
かくして訪れた猫カフェと呼ばれる、家猫を大量に飼いならした喫茶店のある一席で。
私は猫に囲まれていた。
比喩表現とかじゃなく、本当に三百六十度、私の逃げ場を塞ぐ意図があるんじゃないかってくらい、敷き詰められたように猫が私の周りに募っていた。
「………………」
「ぶ……ふふ、くふふふ、いやあ……ふふ。こんなことある? 気に入られるっていうか、猫の王様? みたいになってるけど、ぶふふ……」
そもそもの話、私たちが喫茶店の自動ドアを潜り抜けて、カウンターで説明を聞いているときから様子がおかしかった。
猫の数匹が足元ににじり寄ってきて、しばらく鼻をつんつんと私の足に寄せてきたかと思うと、そのままゴロゴロと頬を寄せながら鳴き始めた。
店員に、気に入られましたねー、と微笑ましく声をかけられたのも束の間。
喫茶店内のソファに座ると数匹がそのまま膝に乗ってきて、それを皮切りに、他のネコがあれやこれやといっているまに密集してきた。
今ではもう膝に三匹、足元に七匹、肩と背もたれに三匹、両脇に五匹、私の上の猫用のアスレチックに二匹が陣取っている。比喩でなく三百六十度包囲されている。しかもその大概が私の身体に頬をつけてごろごろと喉を鳴らしている。
主人と店員は最初はその光景を微笑ましそうに眺めていたけど、後半からは二人して面白がりながら写真を撮ってきた。笑ってないで助けて欲しいんだけど。他の客にも随分と珍しい物を見るような眼で見られているし。
「みつきー、どう、居心地は? ……くふふ」
「…………とても動きづらい」
本来は飲み物を渡される手はずなんだけど、私の主人のテーブルは複数の猫に占拠されているので、ちょっと置き場がなくなっている。
「そっか……ぶふふ……」
「……」
そうこうしている間に、他のお客にまで写真に撮られている。防衛上、あまりこういう状況は好ましくないのだけど、猫たちを無理矢理引き剥がすわけにもいかないので、些か困る。
ただ、そんな私のことなどついぞ知らないふうに、猫たちはごろごろと私の周りで喉を鳴らしている。
そんな私の主人はけらけらと笑って眺めていた。
はあ、まあ、主人が気にしないのなら別にいいのだけど。
「こういうのいや?」
「……別にいやではない。ただ、どうしたらいいかわからないから、困るだけ……」
そんな私の返答に主人はにまにまと笑みを深くする。
「別にどうもしなくていいよ。ねこたちと一緒にごろごろしてたらいいさ。なんならみつきもごろごろって言ってみたら?」
「……それはしない」
「そーう、残念」
「……命令」
「じゃ、ありませーん。ふふふ、まあみつきがしたくないのなら、仕方ない。そのまま猫たちのお布団になっておきな。むしろ猫たちが布団になってるのかな」
「……知らない」
そうして私達は結局二時間ほど、猫たちに囲まれてというか、密に包囲されて過ごした。
帰り際に、カフェの店員がスタンプカードをくれて、酷く楽しそうにまた来てくださいねと言っていた。
それに主人が私を見て、またこよーね、って言ったから、私は何とも言えず首を傾げることしか出来なかった。
私の身体に感情の反応は現れない。
だから、ああやって猫たちに囲まれても、脈拍の一つ、呼吸の一つだって乱れはしない。
例えこの喫茶店が死線であろうと、ただの長閑な猫の憩いの場所であろうと関係ない。
私の感情は動かない。私はただの命令を実行する機構で、殺しの人形だ。
私の心は動かない。
だというのに。
「また、こよーね」
主人の耳によく残る声を聴くと、少しばかりだけ呼吸が一つ乱れていく。
「そういえばね、さっきのカフェのお姉さんが教えてくれたんだ」
じわりと胸の奥が動いていく。なんだろう、これは一体なんの異常だろう。
「猫が身体を寄せてゴロゴロいうのって、あれで傷ついた仲間を癒そうとしてるんだって」
帰り道をあなたと歩く。きっと、なんの意味もないままに。
「ふふふ、つまりあの子たちは、みつきのことを傷ついた猫だと想ったわけだ」
「……私は猫でもないし、傷ついてもいないけど」
じわりじわりと、私の中の何かが動いていく。あなたの声によって、指の一つ一つの動きによって、その笑顔によって。
なにかが組変わっていく。
「ふふふ、果たしてそうかな?」
「それはどっちのことについて言ってるの……」
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