第7話 付き合い

 初めて2人が会った場所は菜乃華の勤務する学校の職員玄関という全くドラマを感じない場所だった。その日はお互い自己紹介をしただけで、連絡先を交換することもなく別れた。

 翌朝、菜乃華は久しぶりにゆっくりできる休日ということで9時過ぎまで寝ていた。するとラインのメッセージ音で目が覚める。佐藤先生からだった。

"昨日はごめんね。ありがとう。で、三木谷くんが菜乃華先生の連絡先知りたいらしいんだけど、教えていい?"

また、めんどくさいことになったと思い、断りたい気持ちであったものの、断ったところで今度は自分と佐藤先生の関係が気まずくなると思い、ほぼ一択しかない選択肢だが、返信をする気になれないでいた。

 とりあえず、ベッドから起きて顔を洗う。日曜日ということもあってリビングでは父親が新聞を読みながらコーヒーを飲み、母親がアイロンがけをしていた。

『おはよう。もうすぐしたら桃ちゃんくるよ。』桃ちゃんというのは先月3歳になった姪っ子だ。菜乃華には4つ上の兄がおり、実家から車で1時間程の場所に住んでいる。祖父母からの誕生日のお祝いをもらいに来るそうだ。

『なっちゃんもくる?』なっちゃんとは兄のお嫁さんのことである。

『来ないって。今日は仕事らしい』

なっちゃんが来るならちゃんと着替えて化粧もしようと思ったが兄と桃ちゃんだけなら部屋着のままでいいや。と思い、顔を洗いに洗面所へ行く。コンタクトをつけて、朝ご飯を食べているとインターホンが鳴る。兄と桃ちゃんが来た。ももちゃんはアンパンマンのお人形を小さいリュックに背負って『こんにちわー』と言いながら入ってきた。両親は普段聞かないような柔らかい声で『ももちゃん、こんにちはー。』と桃ちゃんを迎えに玄関は行った。菜乃華は急いで食事を済まして流しにお皿を置き、テーブルを台拭きで拭き、できるだけ今起きた感を出さないようにした。桃ちゃんがリビングにやってくる。二つ結びにしている桃ちゃんは背負っていたリュックを下ろして顔だけ出ているアンパンマンのぬいぐるみを出した。しばらくリビングの隣の和室で桃ちゃんと祖父母が遊んでいる。兄は台所にあったみかんを食べながらテレビを見ている。

 菜乃華はテレビを見つつ、隣の部屋で遊んでいる桃ちゃんも見ながら、佐藤先生になんと返事をするかを考えていた。既読がついてしまっているため、遅くに返信するのは失礼だと思いつつ、何と返せばいいのかわからない。やんわりと断りたいけど、その文言が思いつかない。

 桃ちゃんと兄は夕方の4時過ぎに帰っていった。寂しくなったリビングで菜乃華は佐藤先生に

"どうぞ"

とだけ返信した。

 翌朝、菜乃華が出勤すると何事もなかったかのように佐藤先生がパソコンに向かって仕事をしている。菜乃華が職員室の自分の席に着くと佐藤先生はパソコンから顔を上げ、菜乃華に向かって『おはよう』とだけ言い、再び、視線をパソコンに向けた。菜乃華も『おはようございます。』とだけ言い、今日の時間割を確認した。


 完全下校も終わり子供のいない学校、就業時間も過ぎ、徐々に職員も退勤していく。

時計を見ると19時を回っていた。だいたい毎日この時間まで残っているのは同じメンバーで、菜乃華の学年は他に佐藤先生と隣のクラスの加藤先生、同期の藤本先生、新卒採用の二階堂先生がいた。するとタイミングを見計らったかのように佐藤先生が『そういえば菜乃華先生、三木谷くんから連絡きた?』と言い出す。突然のことにパソコンを打っていた菜乃華の手が止まる。菜乃華が口を開く前に加藤先生が『なになになに?』と興味深々に話に入ろうとする。加藤先生は30歳前後の独身の男の先生でふくよかな体型をしている。『菜乃華先生、モテるんだよ。紹介して欲しいって頼まれちゃってさ』と佐藤先生が嬉しそうに話す。すると、同期の藤本先生も『なに、私、同期なのに聞いてないよ。』と話に乗っかる。藤森先生も3年目の先生ではあるが、大学院を卒業しているので、菜乃華よりは2歳年上になる。『特に何も連絡きてません。』とだけ伝えた。

 タイミングが悪く菜乃華のラインが鳴る。三木谷からだ。

"土曜日はすみませんでした。でも、お会いできて嬉しかったです。よかったら今度、食事でもどうですか?"

『誰?』と加藤先生が聞く。めんどくさいことになるのはわかっていたので、『母親からです』と誤魔化す。『なんだぁ。つまんないなぁ』と言いながら加藤先生はパソコンに向かって仕事をしていた。このまま職員室に居ても、茶化されるだけだと思い、菜乃華は仕事を切り上げ、帰り支度を始めた。

 勤務先から駅まで10分程の道のりを菜乃華は何と返事をしようか考えながら歩いて行く。結局、言葉が見つからないまま駅に着いた。帰りの電車は通勤客で混んでおり、空いているイスはなく、ドアの近くに立っていた。

 断る理由もなく結局、翌週の金曜日に食事をすることになった。


 当日、19時に三木谷が予約したお店で待ち合わせをすることになった。いつも20時頃退勤する菜乃華にとって19時にお店に着くには18時に職場を出なければならない。17時50分頃、帰り支度を始めると二階堂先生が『今日は帰るの早いですね。』と余計なことを言う。するとそれにのっかる加藤先生が『デートですか?』と続ける。『違います。』とだけ伝えて職員室を出ていく。

 きっと自分が帰った後も勝手に私の恋愛妄想話をしているだろうと思いながら、更衣室へ向かった。いつもは帰るだけならいちいち着替えたりメイクをし直したりしない。あまり乗る気がしないにしても少し気合が入っていた。タイミング悪く更衣室から出てきたところを二階堂先生に見つかる。ちょうど男性用職員トイレがこの先にあり、向かう途中だったようだ。二階堂先生は私を上から下まで全身見た後『大丈夫です。みんなには黙っておくんで楽しんできてください。』と言った。二階堂くんを信じていいのかわからなかったが、とりあえず『にかちゃんありがとう。絶対約束ね!』と後輩に借りを作ってしまった。

 初デートはオシャレめの居酒屋チェーン店だった。三木谷がリードして色々な話をしてくれてあっという間の2時間だった。

 月曜日、いつも通り職員室に入る。みんないつも通りのあいさつを交わす。菜乃華は二階堂先生の顔を見ると二階堂先生は口パクで'だいじょうぶです'と言っていた。確かに加藤先生や佐藤先生も至って普通だった。二階堂先生は本当に黙っててくれたようだ。


 その後も、2人は食事デートを数回行った。三木谷の誠実さや素直さに菜乃華は惹かれていくようになった。


 2人が出会ってから2ヶ月経ち、次第に秋を感じるようになった9月、今日はちょっと高級レストランへ行った。だいたいいつも三木谷が予約をしてくれる。

 食事も終え、会計を済まし、店を出た所で誰も居ない公園があった。そこで、三木谷が『僕と付き合って下さい。』と告白した。

そして2人は付き合うことになった。

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