キジバト荘の特徴紹介

肥後妙子

第1話 ロビーにて

 キジバト荘がなぜキジバト荘というのか、建物を見たらすぐに分かりますよね。キジバトの羽と同じ色の石で造られているからです。ただ、その内側、フロントやロビーや客室はトーストされた食パンを思わせるベージュ色、オフホワイト、こげ茶、きつね色でまとめられています。美味しそうな色、と言ってくださるお客様もいます。


 見た目には香ばしいパンの匂いがしてきそうでも、残念ながらそんなことはありまませんが。


 その代わりに今の季節にはニオイバンマツリの香りが庭に立ち込めています。庭に鉢植えが並んでいるでしょう。白と紫の花。あれがニオイバンマツリです。


 冷房をつけているので窓は全開にすることはできませんが、隙間を開けてこっそり香りを楽しむくらいはかまいませんよ。


 ニオイバンマツリの芳香は夏のキジバト荘の特徴なんです。建物内に入らない通りすがりの人にまで、香りで存在を常に知らせますからね。


 何故そうなったかをこれからお話します。うちのロビー、有名ホテルなどに比べればごく小さいものですが、そこに写真が飾ってあったでしょう。そう、髪の毛を二つに分けて結っている、女の子の写真です。西洋人の女の子?半分はあたりです。


 あの写真は私の祖母の十代の頃のものですが、彼女は父親が進駐軍の軍人だったのです。戦後二年目に生まれた、戦争を知らない世代の最初の方の人です。国籍は日本ただ一つで、名前はレナ。孤児院に預けられた時のおくるみに、そう刺繍してあったそうです。私が知っているのは歳をとった姿ですが、琥珀色の瞳をした人でした。お気付きですか?私の瞳は祖母譲りなんですよ。


 彼女は孤児院で育った天涯孤独な娘さんで、十七の時に子守としてこのお家にやとわれたのです。キジバト荘は最初から宿泊施設として作られたのではなく、個人の邸宅だったんですよ。

 

 そのころから近所の人にはキジバト御殿とは呼ばれていたようです。レナの雇い主の父親が立てたのですが、造られた当初、色の良さを力説したそうです。傍から見るとそこまで飛びぬけた良い色には見えないかもしれませんが、当時の世帯主はお気に入りだったそうです。


 働く環境としては良かったのですが、レナにはただ一つ気がかりがありました。


 彼女には分かっていたんです。雇い主である初老の紳士が、危険に取りつかれていることが。

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