第106話 うちあけばなし④





「俺に話したいことがあるだろ?」


 向こうが来る前に、俺から突撃しに行った。

 神威嶽、神路、神々廻と来れば、後は剣持だけである。話したいことが無かったとしても、久しぶりに二人の時間を作ろうと思った。

 最近は落ち着いたとはいえ、身の安全を心配されて、他の人が順番に傍にいた。剣持と二人きりというのは、思い出せるかぎりない。


 きっとフラストレーションが溜まっているだろう、そう思ったのだがどうやら当たっていたらしい。

 訪ねてきたのが、俺しかいない分かった途端、剣持が嬉しそうな顔をした。それを見て、我慢させていたと自覚する。わがままを言うタイプでは無いから、俺が率先して構ってあげなくては。


「話したいこと、ですか?」


 個人鍛錬しているところを突撃したのだが、いきなりすぎたか。断定した言い方に、剣持が困惑している。

 剣を置いて、こちらに近づいてきた。でも汗をかいているのを思い出したようで、少し距離をあけて立ち止まる。俺が嫌になると、恐れているのかもしれない。


 それは大きな勘違いなので、何も言わずにこちらから距離を詰めた。驚いて逃げかけたが、腕を掴み有無を言わさずに近くにあったベンチに腰かける。

 そこでも最大限離れようとしたから、ゼロ距離まで近づく。


「よし、何でも話していい。人よけはしておいたから、誰もここには来ない」


 突撃したが、手回しは済んでいる。そういうところは、抜け目ないと自負していた。

 人の気配がすれば、本当に話したいことを隠してしまう。悩みを隠し続けるのは、精神的に良くない。特に剣持は、それを発散せずに限界を超えても大きくしそうだから、無理やりさらけ出させるしかない。


「最近、色々あったからな。言いたくても、言えなかったことがあれば、話してみるとすっきりするぞ」


 殻にこもらない程度に、話を促す。そうすれば、遠くを眺めながら、剣持が口を開いた。


「聖様の周りにいる方は、皆さん素晴らしい。トップに君臨する方々です。彼らは、聖様にふさわしい高い能力を持っています」


 自己評価が低いから、また自分なんてと言い出すのか。もっと傲慢になれと叱咤しようとしたが、話は続く。


「俺が選ばれたのは偶然かもしれません。たまたま聖様が弱っていたところに、漬け込む形になったのかもしれません。今までは、それをずっと悩んでいました。俺が傍にいるのを、よく思っていない人の言葉が頭に刻み込まれて、ふとした時に俺を蝕んでいました」


 目が合わない。まるで存在していないみたいに。それが、少し怖かった。

 この話は、どこに終着するのか。嫌な予感しかしない。

 もしかして、俺についていけないと切り捨てられるのではないか。

 立場が違う。周りの目を気にするのは嫌だから、普通の生活に戻りたい。剣持は魅力的な人間だから、引く手あまただろう。


 誰か他の人を守り、その隣で笑っている剣持の姿を想像したら、心臓が止まるのではないかというぐらい死にそうな気持ちになった。

 嫌だ。絶対に嫌だ。

 剣持が望んでいなかったとしても、もう離せない。俺から逃がしてあげられない。


「格が違う。俺はふさわしくない。……そんなことを言われても、俺が思うのは相手に対する同情だけです。いくら俺を羨んだところで、聖様の隣にいるのは俺だ。たとえ運だとしても、選ばれたのは俺だった」


「……俺の傍にいるのが、嫌になったわけではないのか?」


「何を言っているのですか。パートナーにまでなったのに、そんなことを考えるわけがありません。もう、聖様が嫌だと言ったとしても、あなたは俺のものです。逃がしてあげられませんよ。そう思ったとしても無駄ですから、諦めてください」


「諦めるも何も、嬉しい言葉だな」


 良かった。俺はその言葉を聞いて、安心してほっと息を吐く。俺の反応は剣持にとって予想外だったらしく、ようやくこちらに視線を向けてくれた。

 見てくれたのが嬉しくて、そっと頬に触れる。


「俺も今、同じことを考えていたんだ。剣持がどんなに離れたいと言っても、もう逃がすつもりはないってな。確かに出会いは運もあったかもしれないけど、俺の意思で剣持を選んだ。その事実を刻みこんでくれ。剣持でなければ、ここまで来ることは無かった」


 そう、俺の初めてできた味方。

 剣持がいなければ、たぶん途中で挫けていた。物語のように、主人公に危害を加えていたかもしれない。みんなのことを誤解したまま、敵対関係になったかもしれない。


 存在に何度も救われていた。それは、剣持でなければ無理だった。他に替えがきかない。きくわけない。


「俺の最初の味方だ。これからもずっと」


「はい。これからも聖様をお守りいたします。俺の一生をかけて」


 触れていた頬に自分の手を重ね、剣持が目を閉じた。別に望まれたわけではないのに、気がつけば俺も目を閉じて顔を近づけていた。

 触れた唇は柔らかく、熱かった。すぐに離れようとしたが、いつの間にか後頭部に手が添えられていて、深いものへと変わっていった。

 人払いをしておいて良かったと、どこかで思いながら、いつの間にか逆転されている口づけを受けいれた。





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