第105話 うちあけばなし③
呼び出された時点で、何となく予想が出来ていた。というか、もう示し合わせているのではないかと疑ってしまったほどだ。隠し事が多すぎる。
俺は部屋に入った途端、口を開いた。
「それで、俺に言いたいことがあるんだろ。どんな話でも聞くから、怖がらずに話せ」
「なんか雑じゃない?」
「雑ではなく、効率がいいと言ってくれ」
下手にうじうじする時間を長引かせるより、話をする時間を長く取るべきだ。そういう考えだったが、少し性急になりすぎたかもしれない。
悩んでいるのなら、無駄な時間も必要か。
「悪い。でも、言っておいた方が楽だと思って。何でも受け入れるからな」
「……男前だねえ。なんか、悩んでいる自分が馬鹿らしくなってきた」
息を吐いた神々廻は、呆れた様子を見せながらも、いい感じに力が抜けたようだ。
手でこちらに来いとジェスチャーしてきたので、そちらに近づけば強く抱きしめてきた。
「ああ、落ち着く」
「俺は抱き枕か。……落ち着いたなら良かった。気が済むまで抱きしめていればいい」
「今日は優しいね。こんなに優しいなら、いつも弱っていようかな」
「馬鹿か。元気でいてくれないと困る。精神的に弱ってばかりのパートナーはごめんだ。お荷物は置いていく」
実際にそうなったら、切り捨てることは出来なさそうだが、ここは強く言っておく必要がある。味をしめられても困る。
「はは、手厳しい。置いていかれたくないから、早く元気になる。……でも今は、見逃してほしいな。駄目なら我慢するけど」
わざとやっていたとしても、神々廻は庇護欲を誘われる。雑に扱いがちだが、大目に見ている部分は他の人より多い。俺より年齢は上なのに、ひょうひょうとしているからか、下に見える時もあった。
「俺の話をちゃんと聞いていたか? 気が済むまで、抱きしめていいって言っただろ。ずっと落ち込むのは止めてほしいけど、元気になるなら何だってするつもりだから」
いつもより考えていることが分かりやすく、本気で落ち込んでいるようだった。悩んでいるとも言える。だから、吐き出しやすくするために言葉をかけたのだけど、逆にため息を吐かれてしまった。
「そういうこと、軽々しく言うのは駄目だよ。悪い奴だったら、どうするの?」
「俺が選んだパートナーに、悪い人間はいない。見る目はあるつもりだからな」
「ふふ、凄い自信。……あのさ、ちゃんとここにいるよね? 存在しているよね?」
それは、神々廻のことを言っているのだろうか。おそらくそうだろう。それなら答えは簡単だ。
「当たり前だ。きちんといる。だからこうして、抱きしめられる。そうだろ?」
「ん……誰にも気づかれない。仕事をする上では、いいことかもしれないけど、存在を認識されないのは辛い。……親でさえ、気づいてくれなくなった。どんなに叫んでも、どんなに泣いても……。自分が何者なのか、そのうち分からなくなった。好きなこと嫌いなこと、記憶もぼんやりとしか思い出せなくなった」
能力の代償。話を聞いている感じだと、使えるようになったのは幼少期のようだ。そんな頃に、親にも存在を認識してもらえなくなったら発狂してもおかしくない。
「……それなら、何者にもならなければいいと思った。人を騙して、その人が勝手に想像するように。ずっと、そうやって生きてきた」
抱きしめたまま、話をする神々廻の体が震えていたので、温めるために背中に腕を回す。ちゃんと存在を認識していると伝えるために、軽く叩いた。
「でも、君に会って考えが変わった。認識してもらいたいと思うようになった。ここにいるって、知ってもらいたい。だから……傍にいて。君の近くにいれば、自分らしくいられるようになるから。安心できるから。……お願い」
全く。この前、俺をたくさん責めたくせに、自分達はどうなんだ。人のことを言えない。ため息を出しそうになったが、変な風に受け取られそうなので、何とか飲み込む。
「ミカ、大丈夫だ。ミカを一人にはしない。いつでも気づくから。自分のことが分からなくなれば、俺が何度でも名前を呼ぶ。パートナーなんだから、当たり前だ」
「それなら安心だね。……ありがとう。俺の救世主だよ。出会えて、本当に良かった……」
「泣き虫。泣くなら、もっと遠慮なく泣け。こういう時でなければ、いつ泣くんだ。ほら、からかわないし誰にも言わないから、好きにしろ」
「……好きにする。大好きだよ。出会えて、パートナーになれて……本当に良かった……」
ぐすぐすと、泣く声が聞こえだした。それでもどこか遠慮しているみたいだったから、俺は抱きしめている神々廻の方を向く。
「いい子、いい子。今まで、よく頑張ったな。偉い」
子供扱いしていると思われたら拗ねそうだから、そうではないと分かってもらうために何度も耳の辺りに唇で触れた。
そうすれば俺をきつく抱きしめて、神々廻はおえつをこぼす。
「……ひっく」
聞こえないふりをしながら、俺は神々廻を抱きしめ続けた。みんなが俺に弱みを見せてくれて、それを慰められるのが、こんなことを言っては良くないかもしれないけど、嬉しいと感じている自分がいた。
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