第103話 うちあけばなし





 リアさんと英人さんに挨拶して、ひかりを神殿へと連れて帰った。そこから、訓練を始めているらしく、ここ最近は会えていない。

 頑張っているという話は聞いているので、特に問題はなさそうだ。ホームシックにでもなっていたら、どうしようか心配していただけに、その知らせに安心した。


 パートナーだと人に話してから、みんなの機嫌がいい。良すぎて、こっちが恥ずかしくなるぐらいだ。

 そんな中、神威嶽に呼び出された時は、どういう魂胆があるのかと疑ってしまった。でも深刻な表情で待ち構えているのを見て、気を引き締めた。


「どうした?」


 俺だけを呼び出したのは、二人きりで話したいからだろう。深刻な相談か。でも、国が絡むほどの大きなものではない。それなら、他にも呼び出すはずだ。

 私室に場所を設定したのも、内々に留めておきたいから。そこまでするなんて、一体どういう内容だろうか。全く予想できない。


「こっちに来てくれないか」


 いつもより、下手に出た言い方。それが弱っているみたいで、たまらず駆け寄る。

 そして正面ではなく、隣に座った。言葉にはしなかったが、近くに来てほしいと言われた気がしたからだ。


 それは当たっていて、張り詰めていた神威嶽の雰囲気が和らいだ。でも、まだ緊張している。

 俺はそっと手を握る。一度ビクついたが、振り払われはしない。むしろその上に、神威嶽の手が重ねられた。


「今日、仕事は?」


「……一段落した。緊急事態が起こらなければ、何もない」


「そうか。俺も今日は特に予定は無いから、ゆっくりしていられるな」


 無理に聞き出しはしない。話したいタイミングで話してくれればいい。時間に余裕があることだけ伝えると、後は神威嶽が話し出すのを待った。


「……言うかどうか、ずっと迷っていた」


 その状態で、五分ぐらい経った頃だろうか、神威嶽がポツリと言った。

 俺は何も言わず、包み込んだ手に力を入れる。


「どうして迷っていたのか、言えば俺に幻滅して離れるかもしれないと怖かったからだ。聖の中にある人物像と違うから。言わないでおく選択肢も、頭をよぎった。秘密にしておけば、聖は傍にいてくれる。……でも隠しておく方が、信頼していないみたいな気がして……それに、聖なら受け入れてくれるかもしれない。そう、期待した」


 独白のように、俺の返事を待たずに話が進められる。その邪魔をしたくないから、ただ頷くだけにとどめた。


「誰も知らない秘密。一生隠し通すつもりだった。聖にだけ、話すな」


 そっと、俺の肩に神威嶽が顔を埋めた。顔を見て話すのが怖いのだ。近い距離に、今は心臓を騒がせる余裕は無い。それよりも大事なのは話だった。


「俺は聖が思うほど完璧な人間じゃない……俺は能力が、使えないんだ」


「……能力が使えない?」


 何を言っているんだ?

 話が理解できなくて、オウム返ししてしまった。能力が使えないということは、その言葉通りに受け取っていいのか。そうだとしても信じられない。


「それは、現在何かが原因で使えないって意味か?」


 原因があって使えなくなった。それなら、まだ納得出来る。

 でも神威嶽は、静かに首を横に振る。


「……今まで一度も、使えたことがない」


 嘘だろう。そう言いたかったが、神威嶽の様子は嘘をついているようには見えなかった。

 でも、にわかには信じがたい。


「……どんな能力を持っているのか、分かる人物に見てもらったことがある。幼少期に、皇族は全員調べてもらうんだ。弱かった奴なら、今まで何人もいた。でも、分からないのは初めてだった」


「力が強すぎて、見えなかったわけじゃないのか?」


 まだ、その可能性も残っている。何故か俺の方が諦め悪くなっていた。神威嶽はそれに怒ることなく、顔を埋めたまま自嘲気味に笑う。


「親もそう考えて、似たような能力を持つ人間に見せて回った。結果は同じ、俺には能力がない」


 謝るのは駄目だ。それは余計に傷つける。


「そうか……見せて回るのも、大変だっただろうな」


 俺は何か言わなくてはと思って、よく分からないことを言ってしまった。でも、神威嶽が笑ったから、下手な慰めより良かったとポジティブに考えよう。


「そうかもな。俺は子供だったから、色々なところに行けて楽しかったけど。でも、期待通りじゃなかったと、よく分からないなりに察した。だから、生き残るための処世術を考えた」


 将来皇帝になる人間が、無能力だなんてありえない。そのまま、僻地に追いやられる確率は高かっただろう。

 それでも、今神威嶽はこうして皇帝としている。


「幸運なことに、親は俺にチャンスを与えた。長子だったおかげが大きかったかもな。でも、兄弟が産まれたらその地位は脅かされる。そうなる前に、力をつける必要があった」


 簡単に言っているが、並々ならぬ努力が必要だったはずだ。自分に価値があると見せるために、恐怖と戦いながら強くなった。


「力をつけていけば、能力がないことに箝口令がしかれた。弟が産まれても、俺が跡継ぎから外されなかった。勝ったと、そう思った」


 胸が苦しくなって、神威嶽の頭を抱きしめた。昔、一人で努力していた子供を慰めるように、頭に何度もキスをした。

 じわりと服が濡れる感触があったが、見て見ぬふりをして、ずっと抱きしめ続けた。





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