第99話 とある可能性






「街にはお忍びで来ていたのですか……襲撃を受けたら、身分を偽って行動するのも仕方ないですよね」


 リアさんは心配になるぐらい、いい人だった。

 どうして身分を偽ったのか大まかに話すと、疑うこともなく同情してくれた。事実を話しているのか確認もしない。

 普通なら偽った事実を考慮に入れて、もう少し警戒するべきだと思うが。


「……何故、突然消えたのでしょうか」


 前と同じように、リアさんの代わりに、英人さんが警戒心を持っている。それで上手くバランスがとれているのだろう。


「挨拶が出来ずに姿を消してしまい、申し訳ありませんでした。驚かれたことでしょう」


「英人さん、そんな言い方はないでしょう。それに、悪いのはこちらなのに」


「どういうことですか?」


 俺の知らない、なにか裏話があるらしい。リアさんの言い方に引っ掛かりを感じて、裏話を尋ねる。

 リアさんは後ろめたそうな表情をして、言いづらそうに話す。


「実は、家に不法侵入した人に心当たりがあったのです」


「そうなんですか?」


 驚いた。俺を狙った人達ではなかったのか。

 そういえば、神々廻は否定していたのを思い出す。ごまかしたのではなく、事実を言っていたのか。

 信じていなかった申しわけなさから、神々廻に視線を向けた。すぐに気づいて、何が言いたいのか伝わったらしく、大丈夫だと頷いてくれた。


「……本当は、分かった時点で説明して謝るべきだったのですが、姿を消してしまったので……あの人は、私にずっと付きまとっていて、ストーカー行為をしていました。はっきりと拒絶したから、あの日人を集めて襲うつもりだったらしいのです」


「そんなことが……」


「しかも、自分のものにならないなら……家族を巻き込んで殺すつもりだったと、そう証言しました。だから、光様は私達家族の命を救ってくれたのです。感謝してもしきれません。言うのが遅くなってしまいましたが、本当にありがとうございます」


 瞳を潤ませながら感謝の言葉を口にするリアさんは、もしかしたら死んでいたのかもしれない。そう考えたらゾッとした。

 これは本来の物語でも、起こったことなのだろうか。だから、リアさんも英人さんも物語には出てこなかった。そう考えると納得がいく。


 ……もし、もしも主人公が光としての能力を開花させた原因が、二人の死だったとすれば……。襲撃を阻止したことで、二人は生きている。つまり、能力を開花させないのではないか。

 いや、そんなことがありえるのか。結局は主人公補正で、何かのきっかけで力を手に入れるに違いない。


 期待したら駄目だ。そう自分に言い聞かせても、どこかでもしかしたらと考えてしまう。

 そうなれば、みんなハッピーエンドじゃないか。俺が望み、掴もうとしていた未来。

 誰も死なず、誰も傷つかない世界。


 でも、それは本当にみんなが望んでいることだろうか。

 主人公を、どこかで追い求めているかもしれない。その代用として、俺に優しくしてくれているのかもしれない。


 主人公が手に入れるはずだった幸せを、俺がぶち壊してしまった。自分のためだけに。

 それは、とてつもない罪ではないのか。

 ひかりが帰ってくるのが、みんなに会わせるのが怖くなった。一目惚れしてしまったらどうしようと、彼を選ぶのではないかと心配になった。


 帰りたい。でも、確認しなければ帰れない。

 怖い気持ちを隠すために、強く手を握りしめた。手のひらに痛みを感じたが、構わず爪を深く食い込ませていく。


「皆様が無事で良かったです。その後は、身の危険を感じていないですか? もし心配事があるのでしたら、こちらから警護する人間を送りますが……」


「そこまで気を遣っていただかなくて平気です。あれから、特に何かが起こったりしていませんから。お気持ちだけ、ありがたく受けとっておきます」


 隠している様子は無い。実際に、あれから何も起こっていないようだ。

 一度目の襲撃で失敗し、依頼人ごと捕まってしまったから、もう諦めたらしい。二度目、三度目がなくて良かった。


 リアさんは、変な人間に好意を向けられやすいタイプだ。本人は必要ないと言ったけど、警戒するに越したことはない。こっそり人を送っておこう。

 こうして関わる機会が増えて、死んでほしくないと思うようになった。死んでほしい人がいるわけはないが、他の人に比べて気持ちが強くなった。とにかく生きていてほしい。


「何かあれば、すぐに相談してください。いつでも力になりますから」


「ありがとうございます。……あ、ちょうどひかりも帰ってきたみたいです。あの子も気にかけていましたので、元気な姿を見たら絶対に喜ぶでしょう」


「……はい」


 とうとう、この時が来てしまった。

 みんなと主人公が、顔を合わせる時が。一体どんな反応をするのかが怖くて、後ろを見られなくなってしまった。握りすぎた拳が、痛みを通り越して感覚がない。

 緊張で自然と背筋が伸びて、何も見逃さないようにと目が玄関に集中する。


 そして、玄関の扉が開いた。





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