第97話 平和な世界?





 こうもあっという間に終わってしまうと、どうして今まで手出ししなかったのか不思議になってしまう。

 タイミングが良く、集まった仲間の能力も高かった。それが理由だと分かっていても、俺がいる必要はなかったのではとネガティブになる。


「そんなわけないだろ」


 そんな俺の考えは、すぐにバレた。言っていないのにバレたから、盗聴器の存在を疑ったぐらいだ。

 神威嶽が呆れた様子で、俺の悩みを一刀両断した。断言した口調に、お世辞ではないと分かる。


「聖のおかげで、被害を最小限に抑えつつ、敵を全て捕獲することが出来た。その功績は計り知れない」


「それは、みんなが頑張ってくれたおかげだ。俺は何も……」


「自己評価が低すぎるのも、考えものだな。もっと自分を客観的に見ろ。……魅力があるのを分かってくれ」


 そういえば、前神殿最高責任者を捕まえて尋問にかけてから、みんなの様子がおかしくなった。過保護になったというか、前まで以上に他の人と関わらせないようにした。四人以外と関わるつもりはないので、別にいいのだけど、普通の人だったら息苦しいと感じる束縛具合だ。


 でも、それぐらいの縛り付けぐらいの方が、心配することはない。愛されている、そんな気持ちだった。


「……とにかく、みんなが頑張ってくれたから、危険分子を取り除くことが出来た。俺を信じてくれてありがとう」


「信じるに決まってる。……俺達はもうパートナーなんだからな」


「ぐ」


「逃がすつもりはないからな」


 くつくつと笑う神威嶽は、俺を引っ張って腕の中に閉じ込めてくる。近い。言葉通り逃がす気がないとばかりの強さで、俺は顔に熱が集まる。


「ちょ、ちょっと」


「忘れたとは言わせない。終わったら、パートナーになってくれるって約束。まさか破るわけないよな?」


「わ、分かっている」


「それなら、こんなことしても問題ないな」


「へっ?」


 顎を掴まれて、神威嶽の唇が触れた。軽い触れ方だったが、紛れもないキスだった。


「な、な、な」


「何驚いているんだよ。この前しただろう」


「あ、あれは……」


 本当にキスしたわけではなかった。ただの念だ。


「イメージにしては、随分とリアルだったからな。あれは、ただのイメージとは思えない。少しは願望もあるんじゃないか?」


「ちがっ」


「まあ、どっちでもいい。パートナーになったら、これ以上のこともするんだ。覚悟しておけよ?」


 キス以上。そうだ、パートナーになるってことは、結婚するということだ。分かっていたはずなのに、イコールで繋げるのを忘れていた。

 理解した途端、一気に熱が体を包んだ。酸素を求める魚のように、口をパクパクと開いたり閉じたりする。

 そんな間抜けな俺の様子に、神威嶽は愛おしいものを見る目で向けた。


「くく、可愛いな。もっと意識しろ。すればするだけいい」


「う、あ……」


 熱で倒れそうになる。熱い。吐息を零せば、また神威嶽の顔が近づいてきた。

 思わず目を閉じると、笑った息が唇をくすぐる。


 ああ、食べられる。

 そう覚悟した瞬間、神威嶽の体が離れていった。やっぱりしたくなかったのかと薄目を開ければ、そこには剣持がいた。


「聖様、気を抜きすぎです」


「わ、悪い?」


 呆れながらの言葉に、とりあえず謝れば、ため息を吐かれた。何も分かっていないといった感じである。


「陛下も、抜けがけは許せませんね」


「こういうのは、したもの勝ちだろ」


「あなただけ、触れられないように隔離しましょうか?」


「そんなの大人しく受け入れるわけない。聖を連れて逃げるからな」


「許すわけないよね。独り占めなんて。そうなったら、この国は終わるよ?」


 ああ、もう収拾がつかなくなった。

 全員集合して牽制する様子は、ここ最近よく見られている光景である。

 本気の争いになりそうだったら止めるが、みんな辛辣なことを言いながらも、どこか嬉しそうなので邪魔せず見守っている。平和になった世界での、ガス抜きみたいなものだと思っていた。


 今もじゃれ合うように言い争いをしていて、俺はこの隙に逃げるべきだと気づいた。そのうち、こちらに意識が向けられる。そうなれば説教コース直行だ。

 特に神路のは長すぎて、途中で話が違うところに脱線する。普段の生活態度まで注意され始めることもあるから、避けられるのならば避けたい。


 そっと気配を消して、扉へと向かう。幸い、言い争う声はまだ続いていて、これなら逃げられそうだった。

 あと少しで扉だ。希望が見えたところで、後ろから肩を掴まれた。


 ギクリ、そんな音を立てて俺は止まる。振り返りたくない。待っているのが、良くないものだと分かっているから余計にだ。

 でもこうなったら、振り向くしかない。諦めて、後ろを見たが逃げ出したくなった。


「どこへ行くおつもりですか? まだ話をしていませんが……よほど、説教をされたいみたいですね」


「はひ」


「少し話をしましょう」


 目が笑っていない神路が、そこにはいた。先ほどまで言い争いの中にいたはず。どんな速さで動いたんだ。人間業ではない。

 逃げようとしたせいで、長引くのが決定した説教コースを前に、俺はもう神路の言う通りにするしか出来なかった。




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