第96話 共通の敵





 何とか、戦いは避けた。

 説得にかかった方法や、使った労力のことは考えたくないので、説明は省く。


 とにかく、神々廻を一応は仲間だと受け入れさせ、剣を向けるのを止めただけで万々歳である。頑張ったから誰かに褒めてほしいぐらいだ。誰も褒めてくれないけど。むしろ、一人で勝手な行動をとったことを怒られた。


 これが最善の方法だと思ったし、現に上手くいった。そう主張しても、結果論だとやり込められてしまった。全員に謝罪をするまで許してもらえず、俺は最後には泣きそうなぐらいだった。


 もう絶対に一人では外出させられない。必ず誰かと一緒で、どこに行くのかをきちんと伝えると約束をさせられた。

 子供か。そう思わず言ってしまったのだが、どんなトラブルに巻き込まれるか分からないから、子供よりタチが悪いと怒られた。


「とりあえず、全部終わったらしばらくは閉じ込めておくからな」


「え」


「え、ではありません。これは決定事項です」


「少しぐらいは出かけてもいいよな? 気分転換に」


「聖様、諦めてください」


「……まさか、一生とは言わないよな?」


「ははは」


 今からでもパートナーを解消しようか。厳密には、まだ結ばれていないからどうとでも出来……るわけないか。解消したいと言った瞬間、それこそ一生監禁コースまっしぐらだ。

 俺のことを想ってくれているのだと、ポジティブに考えよう。


「それで? ここで時間を無駄にしている場合じゃないだろ。さっさと終わらせに行こうぜ」


「そうですね。こうして全員揃ったことですし、今から行ってしまう方が効率がいいですね」


「俺は異論ありません」


「まあ、それは一番だろうね」


 みんなが俺に注目する。最後は俺の判断に任せるらしい。そんなに見られなくても、俺の答えはもう決まっていた。


「行こう」


 予想済みだったようで、一斉に頷いた。






 どこかで音がした。

 微かな物音だったのにも関わらず、目が覚めた。何かを感じ取ったのかもしれない。

 気のせいだと寝てしまえばいいのに、嫌な予感がして無理だった。


「……水でも、飲むか……」


 こめかみを押さえ、ベッドから起き上がる。いつも使っていたものより、品質が劣っているから体の節々が痛い。舌打ちをして、早く最高級のベッドで寝たいと願う。

 あと少しの辛抱だ。もう少しすれば、これまで以上の待遇が待っている。そう考えれば、自然と笑みがこぼれた。


 全て、権力を手に入れるための、捨て駒に過ぎなかった。誰がどうなろうと関係なかった。逆に足を引っ張る存在がいなくなるから、処理してもらった方がちょうどいい。


 だが、最近トップに据えた人間は、しばらく使えそうだ。能力はあるかもしれないが、操られているのに気づかない愚かさもある。

 表に立たせて、こちらが裏で動かす。その駒として最適だ。


 こちらを倒そうと、どうにかするつもりだったかもしれないが、そう簡単にやられるわけがない。

 今回のことを利用して、皇帝も神殿も全て消し去る。楯突こうとした罰だ。手を出したらこうなると、世間にしらしめられる。もう誰も邪魔しないだろう。


 水ではなく、酒でも飲もう。

 先祝いだ。勝利の美酒。ここまで来れば勝ったも同然だから、祝ってもおかしくはない。


 戦いに勝ったあとは、まず何をするか。色々なことを考えて、一人の顔を思い浮かべた。

 初めて見た時から、その容姿が美しいと思っていた。あまりの美しさに見とれた。


 自分のものにしたい。そう思ったが、神殿を追いやられた身としては、手出しするのが叶わなかった。

 病気にさせて、手に入れようとも考えた。そのために結託して呪いをかけたのに、上手く処理されてしまった。さらには、逆に神殿の中に引きこもってしまい、歯がゆい思いをさせられた。


 この前、公に出た際の姿は、初めて見た時以上だった。神が丁寧に作ったとしか言いようがないぐらい、完璧に配置されたパーツ。天使が人間の姿をしているのでは、そう思ったのは一人だけではないはずだ。


 しかし驚かされたのは、表情の動きとともに印象が正反対と言ってもいいぐらいに変わったことだ。

 その笑みは無邪気なもので、近寄りがたさが無くなり、親しみやすさと魅力が倍増した。

 天使ではなく、自分たちと同じ人間。そう思わせ、神聖で手出しができないという気持ちが吹っ飛んだ。


 欲しい。その頬に触れて、体に触れて、全てを手に入れたい。

 欲はとどまることを知らず、むしろ時間が経てば経つほど膨らんでいった。


 隣に立つ皇帝達を、どれほど殺してやりたいと考えたか。傍にいるのにふさわしくないと、どれだけ恨んだか。


 失脚させようと肝いりの作戦を実行したのにも関わらず、どうしてか失敗してしまった。光が力を貸したせいだ。素晴らしい能力だが、こちらに協力させられるように、手に入れたら教育する必要がある。


 教育は自らが行う。他の者には、一切触れさせないつもりだ。


 下品な笑いを零しながら、暗い廊下を進んでいたが、視界の端に、何か横切った。

 それが何か確かめる時間の余裕もなく、頭に衝撃が走って意識が途切れた。






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