第95話 怒る男達
壁は吹っ飛ぶものなんだな。
大きな穴に、俺は現実逃避をした。元々壊れかけだったとはいえ、こんな簡単に穴があくものなのか。家ごと壊れなくて良かった。
「あ、はは。豪快だね」
神々廻も笑うしかないようだ。顔を見合わせ、そして吹っ飛ばした犯人に視線を移す。
穴の向こうには、星空が広がっていた。綺麗だと意識を飛ばしそうになるが、そんなことをしている場合ではないと思い直す。
そこには三人が並んで立っていて、手を前に突き出している。全員で攻撃したのなら、家ごと吹っ飛ばなくて本当に良かった。加減はしていたのだろうけど、それでも怒りに任せて判断ミスする可能性はゼロではなかった。命拾いをした。
強すぎるのも、足を引っ張ることがある。
それにしても、暗くて顔が見えないのが怖い。今は怒りも何も感じなくて、ただの無だった。
これなら怒っていた方が、まだマシだ。表情が見たい。
でも月明かりは役に立たず、ロウソクは壁が吹っ飛んだ衝撃で消えてしまった。
「えっと、黙って出かけて悪かった。俺は無事だから。それに、ミカさんも仲間だと分かったし、何も心配することはない」
無事を伝えれば安心する。そう考えて発言したが、どうやら間違っていたらしい。
あちゃーという神々廻の声と共に、大きな怒りがぶつかってきた。凄まじい怒気に、立っていられなくなる。そんな俺の体を、神々廻が支えてくれた。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして。怪我をさせたら、存在を抹消されかねない」
大げさだとは言えなかった。それぐらい、向けられているものが強かった。
「ああ、そうだ」
とりあえず落ち着かせるのが先決だとしたところで、神々廻が突然思い出したように手を叩く。
「まだ名前を教えていなかったよね。神々廻巳影。これからは、ミカって呼んでほしいな」
絶対に今のタイミングではない。わざとやったな。万全の体調では無い中で、相手にするのは大変だと言っていたくせに、死に急いでいるのか。
「分かった、ミカだな。敬語は? 希望があれば戻しますけど」
「止めて、鳥肌がたちそう。素のままが可愛いから、その方がいいな」
「ん、分かった」
三人の言うことは聞いたから、神々廻の願いも聞き入れてあげなくては。名前を呼び、敬語も外せば、嬉しそうに破顔した。歳が近いからか、なんだか可愛い。自然と頭に手が伸び、ゆっくりと撫でていた。
三人の存在を忘れていたわけではない。でも少しの間、神々廻しか見ていなかったのは事実だ。完全に俺が悪い。
突き刺さる怒りに、俺はただ笑うしかなかった。怒りを大きくさせてどうする。
「とにかく、落ち着いてくれ。頼む。な?」
こんなことを言っても、怒りがおさまらないのは分かっていた。だからこそ、衝撃を与える必要がある。どういった類のものがいいだろうか。
少し前、神々廻に強く念じて目を覚まさせたのを思い出す。あのやり方を応用すればいいのだ。
目をつむり、想像する。頭の中で、強く念じた。今回は言葉ではなく、イメージを送った。
「っ」
今回も上手くいったらしく、一斉に口元に手が伸びる。神々廻以外全員。
「え? 何したの?」
驚いている神々廻は、きょろきょろと視線をさ迷わせて尋ねてくる。説明すると面倒な事態になりそうなので、あいまいに笑っておく。
でも聡いから、様子を見て判断したらしい。
「ねえ、もしかしてだけど」
「言うな。落ち着いたからいいだろ」
念じて頭に送ったイメージは、俺とキスをするものである。見た感じだと、本当にしたかのようなリアルさがあったみたいだ。
口元を押さえたまま、まだ固まっている。すっかり怒りは消えていた。
これで良かったということで終わってほしいのに、今度は神々廻が駄々をこね始めた。
「どうして、仲間はずれにするの?」
「だって、止める必要があったからしただけで」
「ずるい」
ずるいと言われても。それに、神々廻には本当にキスしたばかりだ。イメージに嫉妬するなんておかしい。
俺は神々廻を放置して、三人の元へ近寄った。
左から、剣持、神威嶽、神路。距離を狭めたことで、ようやく顔が見えた。まだ唇に触れているのには気付かないふりをして、俺は神々廻を傷つけさせないために立ち塞がった。
「ここからは暴力はなしだ。今そんなことをしても意味が無い。むしろ、解決できるはずの問題を迷宮入りにさせる。俺の言っていることに同意してくれるか?」
それぞれ頷く。俺の言ったことを理解してくれて、何よりだ。
「もう一度言うが、ミカは敵ではない。確かに深部まで入ったみたいだけど、それはミカが優秀だったせいだ。裏切ったわけではないと確認もした。俺が言っているから信じられるよな?」
また頷く。いい子だ。
俺を信頼してくれて何よりである。
このままいけば、神々廻のことも俺が一人で抜け出したこともうやむやに出来そうだ。
そんな希望を抱いたところで、神々廻が爆弾を落とした。
「ふんだ。拗ねてないから。直接キスしてもらったし」
口を塞いでおくべきだった。そう後悔したところで、もう遅い。
目の前の怒りを、しずめる術を俺はもう持っていなかった。
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