第83話 次の作戦
次は、俺が頑張る番だ。
神路があれだけの素晴らしい活躍をしたのだから、俺も負けていられない。
「……聖様、大丈夫ですか?」
隣に立つ剣持が、心配そうに顔を覗き込んでくる。この作戦に最後まで反対していたが、俺がやりたいと告げれば最終的には受け入れるしかなかった。それでも、まだ俺がいつ嫌だと言うか待っている。残念ながら、その時は来ない。
「ああ、大丈夫だ」
少しでも安心させるため、力強く頷いた。でも隠そうとした緊張は伝わってしまったらしく、剣持の表情は固いままだった。
このヒラヒラした服を着るのは、随分と久しぶりだ。最近は動きやすさ重視だったので、この動きづらさが懐かしかった。たまにであれば、この服を着るのもいいかもしれない。
薄いベール越しに、世界が見える。どこか非現実世界のようで、ふわふわとした気持ちになっている。
これからすることが、本当に上手くいくのか分からない。でもやってしまったら、元の生活には戻れなくなる。
「……俺は、いつでも聖様のお傍にいます。最後まで共にいましょう。……この気持ちはきっと……主従ではなく愛なのでしょうね」
「……けんもち」
「俺も、あなたのパートナーになりたいです。不相応な願いだと分かっております。しかし、この気持ちを止めることが出来ません。……俺の気持ちを切り捨ててください。もう、こんな気持ちを考えないように。希望を捨てられるように。お願い致します」
ベールの向こうにいる剣持は、今にも切腹しそうな追い詰められ方をしていた。俺の答えが、どちらなのかすでに自分の中で決めているようだ。そしてそれは、いい答えではない。
「なあ、ずっと気になっていたことがある」
「……なんでしょう」
時間稼ぎをしているとでも、思われているのだろうか。その顔に浮かぶのは、失望の色だった。
「今まで剣持と呼んでいたけど、名前を教えてもらっていないよな。どうか、教えてくれないか?」
「……意味を分かって、おっしゃっていますか?」
ああ、分かっている。
名前を聞き、それを呼べば俺達は主従関係ではなくなる。パートナーになると、遠回しに言っているようなものだ。
「……一人だけを選べないかもしれない。それでも我慢できるか?」
残念なことに、三人に予約されている。誰か一人を選んだら、それこそ大きな戦いが起こりそうだ。
「あなたとパートナーになれるだけで、それだけでも光栄です。こんな幸運なことが、本当にあっていいのでしょうか。俺は、どんどん欲深くなっていきそうです。聖様が許すからですよ。あなたが止めなければ、俺はたくさんのことを望んでしまいます」
剣持が涙を流しているのが、ベールで上手く見えなかったけど分かった。頬に手を伸ばせば、やはり濡れた感触がある。
「望めばいい。たくさんのことを、俺に願ってもいい。パートナーになるというのは、そういうものだ。欲深くなれ。その権利がある」
おえつが聞こえてきた。こんなに泣いて大丈夫なのだろうか。目が溶けるのではないかと、心配になってしまう。
「俺の名前を……呼んでください」
そう言って、耳元に顔が寄せられた。
涙まじりだったが、きちんと伝わった。
聞こえていた通り、俺は確認するように名前を呼んだ。
「……まもる」
そうすれば、ベールの向こう側で嬉しそうに笑う顔が見えた。
剣持の赤くなった目を冷やし、なんとか時間までに間に合った。
俺は手を引かれて、ゆっくりと声が聞こえる方へと歩いていた。
ゆっくり、ゆっくりと。一歩ずつ踏みしめるように。
心臓がどくどくと騒ぎ出す。でも嫌な緊張ではない。むしろ高揚していた。
ああ、これをした後の敵の顔を想像するだけで、おかしくてたまらない。悪い笑いをしそうになったので、さすがにイメージダウンしてしまうと隠す。
近づくにつれて、声が大きくなっていく。それは歓声に近かった。期待されているようで良かった。
扉をくぐる。そうすれば、眩しさとともに歓声が大きくなった。
俺はバルコニーから、下に集まっている人々に目線を向けた。老人から子供まで、キラキラした顔で見てくる。
期待に答えるように、手をあげた。その瞬間、耳が痛くなるぐらいの声がぶつかってきた。圧倒されたが、踏ん張って耐える。
「……凄いな」
「聖様は、これだけの人に愛されているのですね」
光としての仕事をほとんどしていなかったから、使い物にならないという声はよく聞いていた。でも、こんなに温かい歓迎をされるとは思ってもみなかった。
地面が見えないぐらいに集まった人、何千人レベルでいるだろうか。人を集めるとは言っていたが、まさかここまで集まるとは。
嬉しくて軽く手を振る。
親に抱き上げられていた子供が、体全体を使って大きく振り返してくれた。とても可愛い。
「この人達を、守りたいな。絶対に」
「ええ。絶対に守りましょう」
剣持も同じことを思ったようで、俺に寄り添いながら覚悟を決めた言葉を口にした。
この罪のない人達を、戦いに巻き込むわけにはいかない。犠牲者にはしない。
胸に刻み込みながら、俺はたくさんの人に手を振り続けた。
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