第84話 光として





 一通り手を振り終えた頃に、神路がバルコニーに来た。最高責任者だから人気はあるようで、また歓声があがる。

 でも手のひらを向けた途端、ピタリと声が止んだ。よく躾られている。


 凄いと思っていれば、神路がちらりとこちらを見てきた。考えが読まれた気がして、自然と背筋が伸びた。クスッと俺にしか分からないぐらいに笑われたので、何だか遊ばれた気分だ。


「皆様、今日はお集まりいただきありがとうございます」


 神殿には、声を大きくさせる能力の持ち主がいるらしく、神路の声も下にいる人に聞こえるぐらい大きくなった。

 人々は慣れているようだが、俺は初めて見るので感心する。


「すでに察していらっしゃる方もいるかと思いますが、本日はこちらにいる光様に関するお知らせがあり、この場を設けさせていただきました」


 俺にまた注目が集まった。視線の多さに怯むが、剣持と神路がいるので耐えられた。


「今まで、光様は体調が優れず公務を控えておりました。しかし体調が回復したため、これからは公務ができると判断いたしました。神殿で静養している間も、光様は皆様の安全を祈り続けていて、そしてこれからは皆様に直接手を差し伸べられることを喜んでいます。ただしばらくは神殿での公務を主にしていきますので、どなたでもおいでください。いつでも光様は皆様が来るのを待っております」


 今回の目的は、俺が光としての立場を確固たるものにすることだ。表に出て人々の心を掴めば、それは神威嶽の力にもなる。

 敵にとって、これほど頭にくることはないだろう。


 神路の言葉を理解したのか、人々の間にじわじわと喜びが伝わっていく。こんなに喜んでくれるなんて。


「光様ー!」


「元気になられて良かったですー!」


 いい人達だ。そういう人達を選んだのだとしても、とても嬉しかった。力をもらった。


 もし、聖がこの光景を見ていたら、物語は変わっていただろうか。自分の欲だけを追い求めずにいたかもしれない。考えても仕方がないか。


「……俺の声も大きくしてもらえますか?」


 神路に小声で尋ねれば、軽く頷いて誰かに合図を送る。


「皆様、初めまして」


 自分の声が大きくなった。耳に入ってくる音は、別の人みたいに聞こえる。違和感しかない。


「……話した」


 俺をなんだと思っているのか、そんな言葉が聞こえてきた。話さなかったら、それはただの人形だ。

 まあ、これまで表舞台に出ていなかったせいだ。仕方ない。

 むしろ、生きている人間だと広められて良かった。そうポジティブに考えよう。


 俺はベールを掴んではぎ取った。

 静寂。

 誰もが俺を見てほうけている。その顔が面白くて、笑いを隠しきれなかった。大笑いは避けて、微笑むぐらいに留めておく。


 それだけで、顔を真っ赤にさせている人がいた。やはり、聖の顔は整っている。これで人々を、もっと魅了しなくては。


「今まで体調が優れなかったせいで、皆様の元へ行けずに申し訳ございませんでした。光として失格だと感じていましたが、こうしてチャンスをいただけて嬉しいです」


 できる限り弱々しく見えるように、そして健気に見えるように、俺は人々に微笑みを向ける。


「この国の発展と、皆様の健やかな生活を祈るため、たくさんの祈りを捧げます」


 祈るために手を組む。目を閉じて、人々に対して願いを込めれば、予定通りに俺の周囲には光が現れる。色とりどりに俺を包み、次はたくさんの種類の花に変わったはずだ。

 実際に見てみたいが、薄目を開けるわけにもいかない。なんとか我慢して、祈りのポーズを続ける。


 リハーサルで小規模ながら見せてもらったから、それで満足するしかない。それだけでも感動したのに、それが大々的なものになれば、人々の感動はかなり凄まじいだろう。


 感動の声を耳が拾う。その喜びが伝わり、俺もどんどん嬉しくなっていった。

 ああ、こんな嬉しいことを体験出来るなんて。この思い出を頼りに、これから先も頑張ろう。


「……終わりましたよ」


 神路が耳元で囁く。

 残念だ。もう少しこうしても良かったし、やはり実際に見たかった。名残惜しさを感じながら、ゆっくりと目を開けた俺は思わず声が漏れた。


「わ……」


 視界いっぱいに色とりどりの花が広がった。キラキラと輝いていて、天国に迷い込んだのかと錯覚したほどだ。


「サプライズ成功ですね」


 顔を輝かせた俺に、悪戯っぽく神路が言った。これはリハーサルの時には無かった。

 俺を驚かせ、そして喜ばせるために計画されたのだ。


 ヒラヒラと舞う花が降り注ぐ。祝福されている気がして、手を伸ばし一輪捕まえた。


「ふふ。凄く、綺麗だ」


 それは俺と同じ、銀と紫の色を持つ花だった。俺のためだけに、きっと作られたもの。


「これは全て、聖さんのためです。あなたが得るべきもの。遠慮をせずに受け取ってください」


「俺のため、か。本当に受け取っていいのか?」


 そんな権利は無いのに。でも今は、言う通りに遠慮なく受け取ろう。一生の思い出にするのだ。


「おいおい、俺を忘れてもらったら困るな」


 声が聞こえたかと思えば、持っていた花を取られる。そして、それは耳元に移動した。


「主役の登場。これから、もっと盛り上げるぞ」


 そう言って、神威嶽は笑った。



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