第82話 皇弟の処置と





「殺す」


「ちょ、ちょっと待て!」


「別に生きていようが死んでいようが、構わないだろ?」


「構うからっ」


 どうして俺が腕に引っ付いて、止めなければならないのか。全身で止めながら、遠い目をする。


 皇弟を怖がらせるために、俺としては笑顔で威圧したつもりだった。でも何故か、俺の美貌が足を引っ張って、向こうを惚れさせてしまった。

 周りの様子に気づかずに、俺を口説こうとしてきたので自殺願望でもあるのかと思った。この人には、自分に向けられた殺意が感じられないのだろうか。

 俺の方が冷や汗が出て、口を塞いでしまおうかと迷ったぐらいだ。でも接触したら、俺も一緒に怒られそうだった。


 猿轡をもう一度つけて口説き文句は止めたが、こちらをうっとりと見る視線は変わらない。それに激怒したのは、神威嶽だった。

 どこからか剣を取り出し、皇弟の首元に当てていた。


 そうすればさすがに命の危険を感じたようで、顔色を失った。こちらからすると遅すぎるぐらいだ。

 ここまで危機管理能力が弱くて、今までよく生き残ったものである。周りに生かしてもらったのか。そうでなかったら、すでに死んでいただろう。運のいい人だ。


 でも、その運もここまでか。

 必死に止めてはいるが、神威嶽の怒りは大きかった。まだ首の皮が繋がっているのが不思議なぐらいだ。


「こいつをじじい共から引き離したんだから、もう用済みだ。後で面倒事に巻き込まれるより、ここで始末した方が楽だろう。こいつに生きる価値は無い」


 実の兄に殺意を向けられて、今にも失神しそうだ。その目からは涙が溢れ出し、拭う手が拘束されているので流しっぱなしだった。


 それでも神威嶽が怖いのか、別の場所に視線を向けている。命乞いすらもできていない。どこかで殺されはしないだろうと、タカをくくっているのかもしれなかった。そうだとすれば、楽観的すぎる。


「それは否定できない。でも駄目だ。今はまだその時ではないと、一番分かっているのは帝翔だろう」


 俺は味方だと勘違いしていたのだろうか。絶望した顔が、こちらを見てくる。それを無視して、俺は神威嶽が剣を持っている手に触れた。


「こんな簡単に終わらせてどうする。それでは救いを与えるようなものだ。もっと、相手を苦しめるのが帝翔のやり方じゃないか?」


 あなたは性格が悪いです。そう言っているのと同じだったが、神威嶽の怒りが小さくなった。

 剣をおさめて、自分を落ち着かせるためか目を閉じた。そして開いた時に、その瞳には残虐な光がともっていた。


「……まあ、聖の言う通りだな。ここで殺したらつまらない。それに、まだ使い道はあるか」


 これは皇弟の救いにはならない。今死ななかったとしても、苦しむことが確定した。

 ここで主人公だったら、敵だとしても優しさを見せるのだろう。そしてきちんと改心させて、幸せへと導く。


 でもあいにく、俺は性格が良くはなかった。俺の中で大事だと思う人が、幸せであればいい。害をなす者に慈悲は無い。

 やっていることは、聖が本来受けたことと変わりない。本来なら同情して、優しくするべきだ。

 でも、不穏分子は排除しないと心が休まらなかった。俺は自分が可愛い。そんな醜い心を持っているのだ。


「今まで、兄弟の仲を深められなかったからな。これからゆっくりと時間をかけて、仲良くするか。な、俺の唯一の家族だった弟」


 それは傍から見れば、優しい言葉だった。表情も、優しさが含まれた笑みのようだった。言葉に毒が込められていると、さすがの皇弟も気づいたのだろうか。自分のことを過去形にされたのを、どう思ったのだろうか。


 どちらにしても、今まで怠惰に過ごしていたのを後悔しているはずだ。恨みを募らせるのではなく、従順にしているべきだったと。兄に叶うはずがないと、そう再確認したところで全ては手遅れだった。


 猿轡の隙間から、絶叫がこぼれた。喉がかれるまで続いたそれは、誰の心にも響くことはなかった。




 皇弟はとりあえず、誰かに見つかるとまずいので、神威嶽が所有している場所に移された。城も神殿も、どこで裏切り者が発生するか分からない。逃がされでもしたら、それこそこちらを攻める格好の理由を与えてしまう。


 皇弟の失踪は、神威嶽も神路も知らぬ存ぜぬで通す予定である。

 重圧に耐えかねて、どこかへ逃亡したのだろう。でも国民を不安にさせるから、それを大々的に発表はできないと、休養をとっていることにしておく。

 向こうは疑っていたとしても、確固たる証拠は無い。


 そして不在に気づかれる前に、他にもしておくべきことが山積みだった。

 皇弟という傀儡の後ろで悪事を働いている証拠を集め、周りの人間を潰していく。黒幕である前神殿最高責任者には、運悪く人がいなくなっていく形に見せてだ。


 難しいことだとは分かっているが、こちらが手を引いていると思われるのは、できる限り遅い方がいい。こちらは何も知らないふりをして、相手を最後まで油断させておきたい。

 そうすれば徹底的に潰せるような、ミスをしたり隙を見せる可能性が高くなる。


 まだまだ気を抜けない。俺は自分に喝を入れて、次の作戦へと進むことにした。





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