第80話 戦いの火蓋





 何がどうして、こうなったのだろう。

 経緯を思い出そうとしても無駄だった。靄がかかったようになって、考え続けていると頭が痛む。

 ただ分かっているのは、約束をした事実だけだ。


 この戦いが無事に終わったら、プロポーズの返事をする。そして肯定以外の返事は受け付けない。


 死亡フラグみたいだ。それに、俺に選択する権利が与えられていない。横暴である。

 戦いは早く終わってほしい。でもそうなったら、パートナーになる。


 しかも俺にとって問題なのは、全員を受け入れろという話だ。俺の倫理観からすると、結婚相手は複数いるべきではない。ハーレムという言葉が浮かんだが、全く嬉しいとは思わなかった。


「しかし、あなたはみんなと共に過ごしたいのでしょう。変わることなく、誰も欠けることなく。それなら、パートナーになった方が確実ですよ」


 神路がそんなことを言っていたような気がする。確かに一理ある。結婚する気はないのに、拘束する方が酷い。それなら手放すか、全員受け入れるかするべきだ。


「独り占めしたい気持ちはあるが、俺以外を選ばれたら……考えたくもないからな。それなら全員で囲って、他を寄せ付けない方がマシだ」


 神威嶽は俺を逃がすつもりは無いと、逃げられないから諦めろと笑った。全員のプロポーズを拒否しても、地獄の底まで追っかけてきそうだ。そういう時に限って、結託するのだからたちが悪い。

 もう俺には、残された道は一つしかなかった。


「……受け入れるタイミングは、俺が決める」


 約束に、なんとか条件をねじ込んだ。不服そうな顔をしていたけど、それをしたいのは俺の方だ。

 受け入れるのだって拒否しても良かった。でも、信じてみようと思ったのだ。みんなの気持ちを。


 期限は主人公が現れても、それでも俺を選んでくれたら終わる。きっと現れる主人公は、とても魅力的だ。補正がかかるから、気持ちがそちらに傾く確率は高かった。


 信じてみようと言ったくせに、心の底では信じていないではないかと非難されそうだが、これが俺の出来る最大限の譲歩なのだ。

 主人公に出会っていないから、まがい物の俺に惹かれた。どうしても、その考えが頭から離れてくれない。


 だからこそ戦いが終わり、平和になったら主人公のところに行くつもりだ。害をなすためではない。

 三人に会わせて、どうなるのか確かめる。会わせないようにした方が、俺の勝率は上がるのでは無いかとも思ったけど、たぶんどこかで会うことにはなる。そう決まっている。

 それならば、自分でお膳立てしたい。


 出来れば俺を選んでほしい。その気持ちだけで、俺がどう考えているのか言っているようなものだ。





 神路と神威嶽の力を借り、話し合いを重ね、ようやく準備が終わった。

 時間は待ってくれない。どんなにやりたくなかったとしても、俺達は始めなければいけない。


「一度始めれば、最後まで止まれない。……何が起こったとしてもだ」


 誰が傷ついても、誰が脱力しても中断することはできない。抜けるなら今のうちである。

 そんな意味を込めて確認したが、返ってきたのは笑いだった。


「望むところだ。前から、あいつを一発殴ってやりたいと思っていた。絶好のチャンスだな」


「私も、徹底的に潰して二度と再生できなくしたかったのです。大人しくしていれば良かったものの。自身の立ち位置を、再教育する必要があります。私の手を煩わせたことを、後悔させなくては」


 ……本当にこの二人を、敵に回さなくて良かった。心底思う。物語の聖に、勝ち目なんてなかったのだ。一番の解決策は逃げることだったが、それを放棄した時点で勝負は決まっていた。


「その意気だ。コソコソと足を引っ張ろうとするべきじゃなかったと、誰を敵に回したのかを、頭に刻みつけてやろう」


 俺達は拳を合わせた。それは誓いだった。

 こうして戦いが始まった。





 宣戦布告代わりに、まっさきにしたのは皇弟の身柄を確保することだった。それは相手の戦力を削ぐのはもちろん、皇弟の名を使って余計な真似をさせないためだ。

 権力を利用するのが相手は上手い。皇弟は思いのままに操れるだろう。本人に自覚させずに。下手に命令でもされれば、混乱を招くことになる。


 それを阻止するには、相手に気取られない間に、どうしても皇弟を手に入れておきたかった。

 そのために、神々廻の力が必要不可欠だと思ったのだが。まだ連絡を伝えてもらえていないらしい。出来ないのかもしれないけど、邪魔されているように感じた。


 でも、今さら文句を言っている時間はない。抜けている穴を埋めるため、神々廻の代わりを用意するしか他に手はなかった。


「私が指揮をとりましょう」


 そう立候補したのは、まさかの神路だった。計画を立てるだけで、実行役はしないと思っていたのに。気持ちが顔に出てしまったのか、あくどい顔で笑った。


「ただのお飾りでいるつもりはありません。私を侮らないでください。自分だけ安全な場所にいるなんて、私のプライドが許しませんので。……分かりましたか?」


「は、はい。よろしくお願いします」


 敬語がよみがえってしまったのも、仕方の無い話である。




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