第78話 知っておくべき情報





 さて、重要なことが残っている。

 戦う覚悟を決めて、説得して、準備を進めているのはいいが、俺は相手についての詳細を知らないのだ。


 さすがに、これはまずい。どう考えても良くない。

 戦う相手を分かっていなかったら、戦略を立てられない。弱点を知っておかなければ、勝てるはずがない。


 一応物語の中で出てはいたが、見た目などの詳しい話はされなかったのだ。だからこそ、聞いておかなくてはいけない。

 俺は神威嶽と神路に頼んで、教えてもらうことにした。どうして知らないのかと、不審に思われても仕方ない。それよりも大事なのは情報を得ること。


 特に会ったらすぐに分かるためにも、相手の容姿などを把握しておきたい。

 俺は二人を呼び出し尋ねた。




「……俺の弟は、全てにおいて俺に劣っている」


 ……そう言われても困る。

 神威嶽と比べたら、誰だって劣っている。完璧人間に言われても、なんの情報にもならない。


 もっと他に言い方があるのでは。参考にならなくて呆れていれば、同じことを思った神路が補足するために話を引き継いだ。


「姿絵を見た方が早いでしょう。こちらをどうぞ」


 そう言って見せられたのは、手のひらサイズほどの肖像画だった。

 何目的で描かせたのだろう。随分と小さい。でも、こっちの方が手に持てるから見やすかった。


 そこに描かれた皇弟は、神威嶽の言う通りの人だった。黒に近い赤髪と瞳。顔のパーツは似ているのに、何もかもを諦めているような表情のせいで、陰鬱なイメージを抱かせる。


 あまり言いたくはないが、神威嶽の劣化版という表現がしっくりきた。もう少しはつらつとしていれば、また違った印象を抱きそうなのだが。


「優れた兄。どんなに努力しても追いつけない存在が、すぐ近くにいるというのは、どういう気持ちなのでしょうか。それでもいつか越してやると考えられれば、救いがあったのかもしれません。しかし多数がそうなるように、全てを恨み、世の中のせいにして何もかもを諦めてしまいました」


 皇弟の気持ちは想像出来る。

 何をするにも神威嶽と比べられて、落ちこぼれというレッテルを貼られる。

 叶わないなら努力するだけ無駄だと、そう考えるようになってしまった。


 最初は憧れもあっただろうが、いつしか憎しみに変わる。その感情を、周りに上手く利用された。


 また違った未来もあったはずなのに。楽な道を選んだ。

 その先に待っているのが、破滅だとも気づいていないのかもしれない。

 いや、分かっていて目をそらしているだけか。


 本当に、残念なことである。


「……努力を放棄して、それでも権力にしがみつくなんて馬鹿だ。傍にいて何も分からなかったのか」


 いくら完璧でも、それだけでは国をおさめられない。ただ座っていれば何もかもが上手くいくなら、皇帝など必要ない。


 神威嶽だって努力をして、ここまで来たのだ。それを羨むことしか出来ずに、気づかないのは馬鹿以外の何者でもない。


 こうなったのも、ほとんどが自己責任だ。

 同情はするが、ここまで来たら容赦はしない。


 憤りを素直に口にすれば、強い視線を感じた。そちらに顔を向けると、神威嶽の笑みと目が合う。とろけそうな表情に、居心地の悪さがあってそらしたが、手が伸びてきて顎を掴まれる。


「こっち見ろ。俺だけ見ていろ」


「……いまは、そういう場合ではないから。遊んでいる場合か」


 からかっているのは分かったので、軽く振り払って神路に視線を戻した。


「反神殿派のリーダーは誰ですか?」


 皇弟は、表立って動けはしないだろう。おそらく傀儡として扱われる。皇帝になれたとしても、ただのお飾りだ。黒幕は裏で操る。

 警戒するべきは、そっちである。そして俺を排除しようと考えているのも、その人なのだ。


「……神殿の前最高責任者です」


「ああ、そういうことか」


 神路に排除された恨みから、そちらに転じたのか。馬鹿らしい話である。

 どちらも共通するのは、理不尽な恨みか。その熱意を、どうしてもっと他のところに向けなかったのか。熱意をかける場所を間違えている。


「俺が来た時には、もう神路が最高責任者だったよな。前任者を覚えていない」


 光としてはありえない。でもこれで突き通すしかない。知ったかぶりをして、後で聞いておけば良かったということにはなりたくない。


 さすがにおかしいと思われたようで、探るような視線を向けられたが、気づかないふりをした。そうすれば、今は聞くべきではないと判断したようで流された。


「たぬき爺ですよ。私腹を肥やすことしか考えていない。低能なくせに、生命力だけはあるからたちが悪い。確か、御歳75歳だったかと」


「よく、最高責任者から蹴り落とせたな」


「運とタイミングも味方しました」


 当時の苦労を思い出したのか、顔が険しくなり、まとうオーラも冷たいものになった。寒さがこちらまで伝わってきて、思わず身震いをする。


「ああ、ちょうどその時に似顔絵を描いたのがあります」


「描いたって、自分でか?」


「ええ、少し待ってください……ありました。どうぞ」


 その絵は、とても上手だった。

 たるんだ唇に、ずるがしこそうな目つき、だらしなくたれた頬、その全てが集まるとここまで嫌な顔になるのか。


 それ以上に俺を驚かせたのは、首を真っ二つにするようにひかれた、赤い線だった。

 かなりの憎しみがこもっている。


 やぶ蛇にならないために、俺は見て見ぬふりをした。さすがに触れられない。




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