第76話 剣持との時間
神威嶽との稽古は、剣持にとって素晴らしい経験となっているらしい。
最強と呼ばれる神威嶽に、稽古をつけてもらえるのだ。これ以上はない経験となる。
神威嶽も水臭い。それならそうと言ってくれれば良かったのに。
もしかして俺が、対抗していると勘違いしないようにか。稽古という名の憂さ晴らしをしたと、そう非難するとでも思ったのか。
そんなことを、するはずがないのに。神威嶽とも話をする必要がありそうだ。
「陛下の戦い方は、これまで習ったものとは全く違います。あれは実地で得たものでしょう。戦いになったら、相手がどう動くかは分かりません。基礎も大事ですが、加えて学ぶにはいい手本となっています」
剣を交えたことで、剣持の心境に変化があったらしい。神威嶽の強さを認め、話をする時は顔が輝いている。きっと憧れの気持ちだ。
「陛下がまさかね。剣持のためになっているなら良かった。でも怪我だけはしないようにな。いくら強くなるためとはいっても、元も子も無くなる」
「はい、気をつけます」
まあ、神威嶽も手加減をしてくれているはずだ。怪我をしたら俺がどれだけ悲しむか、絶対に知っているだろうから。
俺は剣術などからっきしなので、そこは全部任せるしかない。悪いようにはしないだろう。
「ああ、そうだ。前に作ったアンクレットはどうだ? 身につけていて不便はないか?」
もう、そこに関して俺に言えることはないので話を変える。
神々廻以外は身につけているところを見てはいたが、アンクレットは一度きりだった。足首を見せる機会はそうそうないから、別にそれについて何かを思いはしない。
ただ、不便があれば直したかった。わざわざ聞いたのは、そうでもしないと剣持は我慢して言ってこなさそうだからだ。こちらから言わなければ、切れたとしても隠すだろう。
定期的に聞いておかなくては。
「特に不便はありません。むしろ馴染みすぎて、つけていることを忘れてしまうぐらいです。長持ちさせるために、教えてもらった手入れをしていますが、確認してもらってもいいですか?」
そう言いながら、足首からアンクレットを外して渡してくる。手入れしているという言葉通り、傷一つなく輝いていた。鍛錬で動いているはずなのに、ここまで綺麗にしているのは凄い。
俺は感動しながら、観察するぐらいじっくりと眺める。近くで剣持が恥ずかしそうにしているが、もっと誇らしそうにしてもいい。
「うん。つけていて問題がないなら、直すところはなさそうだな。とてもよく手入れされている。作り手冥利に尽きるよ」
「……聖様にいただいたものなので、粗末には扱えません。これは家宝にするつもりですから」
「家宝って……そんな大げさな」
「大げさではありません。当然です。これを見るたびに、聖様の専属騎士になったのを噛みしめて、幸せにひたっています。この気持ちは、生涯続くでしょう」
お世辞ではなく本気で言っている。まったく、可愛い奴だ。
俺はアンクレットを返すと、服の裾を少しあげた。
「ひ、聖様っ?」
驚いた剣持は、目を手で覆ったが少し隙間があいていた。面白い反応に、もう少し翻弄しようかと意地悪な気持ちが湧きかけたが、また真っ赤になって固まったら困るので止めた。
「違う違う。ただ、俺もちゃんとつけているのを見せたかっただけ。見ても平気だ。変なことをするわけでもあるまいし」
「は、はい。もう確認しましたから、早く隠してください。そんなふうに見せるのは、足首だとしてもよくありませんっ。は、早く」
別に全裸になったわけではないのに、それぐらいの勢いで騒いでいる。俺の足首は猥褻物か。そんなツッコミをしながら、言う通りに裾を元に戻す。
ほっと息を吐いた剣持は、後から実感が出てきたのか嬉しそうに笑う。
「おそろいというのは、とても嬉しいものですね。それが俺だけだと思うと、よくないですが優越感があります」
「もっと感じていい。剣持はそれだけ俺の特別だっていう証を」
さらに笑った剣持は、俺の前で跪いた。忠誠を示す体勢だ。その体勢のまま、こちらを見上げてくる。
「はい。俺の全ては聖様のものです。あなたと共に俺は存在し、一生忠誠を誓います。これからも、よろしくお願いいたします」
休みだから剣は持っていないが、見えない剣を捧げるしぐさをした。俺はそれを受け取る。
「ああ、どんなことがあったとしても、もう剣持を離しはしない。ずっと一緒にいてくれ」
「……はい」
これも、一種のプロポーズみたいだ。そんなことを思いながら、俺は剣持と目線を合わせた。
「俺達の前には困難がある。とても大きな困難だ。上手く立ち回らなければ、生死に関わるだろう。解決するには、剣持の力が必要だ。怖くても、嫌でも、剣持がいてほしい。……こんな俺のわがままで、自分勝手な考えを許してくれるか?」
命をかけてくれるかという願い。俺と共に戦ってほしいという願い。
それに対し、剣持は跪いたまま力強く頷いてくれた。
「当然のことです」
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