第75話 久しぶりの
神路が味方になってくれれば、神威嶽も自ずと力を貸してくれるはずだ。神路のことを信用しているから。神々廻もそうだ。
初めはどうなるかと心配していたけど、なんとかなりそうだ。先制攻撃をして、相手が反撃する前に叩き潰す。
そうなったら、しばらくは平穏な時間は過ごせないだろう。今の時間を大切にしよう。そう思った。
だからこそ俺は、剣持に一日鍛錬を休むように頼んだ。
あの一件があってから、どこか遠慮しているので、早く元に戻さなくてはという気持ちが大きかった。
「えっと、構いませんが……何故でしょう?」
必死に隠そうとしているが、その顔には怯えが含まれていた。傍にいると決めたが、しばらく離れていたのが、剣持にとってはトラウマになっているらしい。かなりマズイ状態である。
「久しぶりに、二人で過ごそうかと思って。最近は、訪問者が多くて二人きりになる時間が中々とれなかっただろう? 少し休んで、ゆっくり話でもしないか?」
鍛錬を休むのは、本当ならば嫌だろう。一日休んだだけでも、体はなまってしまう。
それでも、俺は譲れなかった。
「……聖様がおっしゃるのなら、今日は休みます」
俺に逆らうということは、剣持の選択肢にはない。迷う様子もあったが、休むと言ってくれた。
「ありがとう。わがまま言って悪いな」
「いえ。それでは、何をしましょうか。食事を運んできますか。それとも……」
「ストップ。俺の話をちゃんと聞いてたか?」
気まずさからか、何かをするために動こうとしたので、俺はストップをかけた。
一時停止ボタンを押したみたいに、急に止まった剣持は、どうすればいいのか分からないといった表情でこちらを見てきた。幻覚のしっぽが垂れ下がっていて、まるで叱られたみたいである。
「怒ったわけじゃない。ただ、今日はゆっくりしようって言っただろ。だから何もしなくていい。ほしいものがあったら、自分で取りに行くから剣持が動かなくて大丈夫だ」
「しかし、それでは俺がいる意味が」
「意味が無いわけないだろ。何言っているんだ。まさか、俺が都合がいいから剣持を傍に置いていると思っているのか。命令されないと存在価値が見いだせないとか、そんなこと言わないでくれ。……剣持がそんな勘違いをしているのは、凄く辛い」
傍にいてくれるのなら、別に守ってくれなくても、働かなくても構わなかった。でもそれだと、剣持が納得しなさそうなので好きにさせておいたのだが。こんな勘違いをされているのなら、もう働かせられない。
表情を歪ませた俺に、剣持が慌てて首を振る。
「申し訳ございません。ただ、俺が聖様のために動かないと落ち着かないだけです。聖様が、俺を大事にしてくださっていることは、十分伝わっております。……俺が臆病なせいで、悲しませてしまい申し訳ございませんでした」
謝罪を繰り返しながらパニックになっているので、俺は落ち着かせるために頭を撫でた。
「落ち着け。ちょっと強く言いすぎたな。ごめん。俺の気持ちが、きちんと伝わっていないと思ったら悲しくなって。でも、ちゃんと伝わっているなら良かった」
「もう何があっても、聖様を疑いません。傍にいられないぐらいなら、この命は必要ないと思うぐらいです。聖様は嫌がるとは分かっていますが、それほどの気持ちだと思ってください」
「命を粗末にはしてほしくないが、その熱烈な気持ちは伝わった。何度でも言うけど、俺の専属騎士になったのが剣持で本当に良かった」
「……ありがたきお言葉、しっかりと胸に刻んでおきます」
すっかりしんみりモードになってしまった。空気を変えるため、俺は頭を撫でるのを中断して、手を繋いだ。
初めの頃より、随分と分厚くなった手の感触に、俺を守るために努力していた時間を想像させた。
「この手が、俺を守ってくれているんだな」
「ひ、聖様」
「いつもありがとう」
感謝の気持ちを込めて、手のひらを引き寄せ軽くキスをした。リップ音を立てながら離れれば、真っ赤に染まった剣持がそこにはいた。
「あ、あ……あ」
壊れてしまった。口を開けながら、意味のなさない声を出していて、今にも沸騰しそうである。
さすがにキスはまずかったか。完全に感謝の気持ちだったが、前の俺みたいに嫌だと思ったのかもしれない。
「ごめん、もうやらない。とにかく座ろう。落ち着いてな。えっと、水でも飲むか?」
剣持をソファまで誘導すると、水を差し出す。ゆるゆると首を横に振られたので、とりあえず自分の近くに置いた。
「よし、違うことを話そう。そうだな、最近鍛錬をしているところを見てないが、どうなのか教えてくれないか?」
落ち着くまでは時間がかかりそうだ。待っていても良かったけど、それよりも話をしてもらった方が早く回復するだろうと考えた。
「城で模擬戦をやっていたことはありましたが、神殿では出来ていないです。その代わり……陛下が稽古をつけてくれる日もあります」
「陛下が?」
「はい。聖様を守れるぐらい強くするためだと、勘違いするなと言われました」
驚いた。まさか、そんなことになっていただなんて。
いいところもあるなと、俺は神威嶽に対して評価を上げた。元から低かったわけではないが。
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