第72話 二人の答え
まだ誰も選ぶつもりはないが、俺と一緒にいてほしい。字面だけで見ても、とんでもない言葉である。
俺が言われたら、何をふざけたことをと一発殴るかもしれない。そんな言葉を、自分が言うなんて。傲慢と言われても仕方なかった。
俺から言えることは、もう無い。後は、二人に決めてもらうだけだ。
まあ、どう考えてもふざけるなと言われて終わるだろう。
怒号を覚悟して待っていれば、大きく息を吐く音が聞こえた。
怖くて、視界にあるテーブルの木目を見る。数えていくが、途中で分からなくなった。
もう一度、そう思ったところで両脇から抱きしめられる。
ああ、なんて優しいのだろう。浅ましい俺に対して、慈悲を与えてくれるだなんて。
「聖様は、わがままではありません。傍にいることを許していただき、ありがとうございます」
「……今まで悪かった。聖がいない間、世界から色が消えた。あんな思いをするのは、もうたくさんだ。……ずっと一緒にいたい」
抱きしめる力は強くはないが、絶対に離さないといった意志を感じられた。
俺はそれぞれの腕に、そっと手を重ねた。
「パートナーとか、まだ分からなくてごめん。怒ることもあるし、怖くなることもある。でも、これからは逃げないと決めたから」
もう、誤魔化して自分を隠さないように。本物が現れたとしても、俺の価値を分かってもらえるように。
受け入れてもらえたのだから、俺も努力しなくては。
「ありがとう」
この手に感じる存在を守るため、俺は犯罪以外であれば何でもするつもりだ。聖の二の舞をふむつもりはない。
物語の強制力に勝って、そして幸せを掴み取ろう。
この世界で、絶対に幸せになるのだ。
傍を離れていた期間は、生気の問題があり一週間も満たなかったが、神威嶽と剣持の憔悴は酷かった。
俺が視界に入っていないと、いなくなってしまったのではないかと怯え、近くから離れたくないと言い出した。
まるで、母親にベッタリとくっつく子供みたいだ。微笑ましさはない。絵面から見ると、かなり目をそらしたくなる。
トイレと風呂はなんとか説得したが、それ以外では触れ合う近さでいるのを認めるしかなかった。
「帝翔も、剣持も、この距離が嫌にならないのか?」
「全然」
「嫌になるなど、ありえません。むしろ遠ざかるほど胸が引き裂かれるような気持ちになります」
ソファに三人並んで座っているのだが、広めのはずなのに俺は身動きが取れないぐらい窮屈だ。原因は隣にピッタリと寄り添う神威嶽と剣持だった。
本来ならばもっと余裕があるはずなのに、俺の方に寄ってきているせいで、このままプレスされそうだ。どんどん押されているから、もう少し余裕を持ってほしくて嫌にならないか聞いたのに、質問が悪かったらしい。
全然と答えられたら、それ以上は何も言えなかった。我慢するしかない。
「……あなた達は、何をなさっているのですか?」
どんどん細くなっていたところで、救世主が現れた。
呆れたように見ている視線は、俺ではなく両脇に向けられている。変なオブジェみたいな体勢になっているだろうから、ジロジロと見られなくて良かった。
「何をしてるって、お前に関係ないだろ」
威嚇しながら、神威嶽が抱きついてきた。剣持も負けずと、抱きついてくるのでさらに細くなった。
「関係ありますよ。潰すおつもりですか?」
こめかみを押さえて、俺の状況を伝えてくれた。そこでようやく俺を強めに挟んでいるのに気がついたらしく、神威嶽と剣持はハッとした表情になる。
「わ、悪い」
「も、申し訳ありません」
ようやく窮屈さから解放されて、安堵の息を吐く。
「だ、大丈夫だ。だから、そんな顔をしなくていい。な?」
そこまで怒っていないのに、物凄く悲しそうなオーラを出すから、慰めるために頭を撫でた。
剣持は慣れたものだけど、神威嶽を撫でるのは数えるぐらいだった。でも本人が嫌がっていないから、構わず撫でた。
神威嶽も、目を細めて犬みたいだ。すっかり、耳としっぽの幻覚が見えるようになっていた。本人達は認めたがらないだろうが、似たもの同士な気がする。
神路や神々廻は、どちらかというと猫だろうか。犬ではない。ひょうひょうとしていて、気ままで、たまに甘えてくる。
構われると嫌がるが、他が構われていると怒り出す。
今の神路が、まさにそんな感じだった。眉間にしわを寄せ、ツカツカと音を立てて近づいてくる。
「陛下は、こんなに頻繁に神殿にくるべきではありません。国を混乱に巻き込むつもりですか?」
「あなたも、専属騎士だからといって、そこまで近づく必要がありません。むしろ行動を制限しているでしょう。危険にさらしているのと同じです」
容赦のない言葉に、ぐうの音も出ない。褒められる行動をとっていないと自覚しているからこそ、後ろめたそうに黙る。
「……あなた達の行動で、ダメージを受けるのは光です。傾国だと噂されたら、どうするつもりですか?」
神路の説教は続く。なんとか反論をしようともしているが、腕を組んで絶対零度の視線を向けられている前では無力だった。
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