第71話 神路の気持ちと
「あなたは、人を惹きつけるものを持っています。あなたをパートナーにと望む声は、少なくありません。……誰か心を砕いている方がいるならば、どうか教えてください」
「何故、でしょうか。俺が誰を好きだったとしても、神殿には迷惑をかけないつもりです。安心してください」
「そういうわけではなく」
「では、どういうつもりですか?」
代理としての役目が終わった後の生活を、とやかく言われる筋合いは無い。俺が誰を選ぼうと関係は無いのに、必死な神路にある考えが浮かぶ。
まさかと笑い飛ばそうとしたのに、最近あった考えを思い返すと笑えなくなった。
いや、きっと気のせいだ。過敏になりすぎているだけ。
そう言い聞かせていた俺に追い打ちをかけるかのごとく、神路は決定的な言葉を放った。
「あなたが、好きだからです」
切実な響きを持って届いた気持ちに、俺は誰かが嘘だと言ってくれないか、そう期待した。
どう考えてもおかしい。
主人公を好きになるはずのメインヒーロー三人が、俺に愛の告白をしてきた。
ありえない。素直に気持ちを受け止められれば、良かったのかもしれない。俺を好きになってくれたのだから、もう傷つけてこようとはしないはずだ。
そう考えれば楽になると分かっていても、無理な話だった。
神路の告白に対して、俺は自分がどう考えたか覚えていない。
気がついた時には神殿にいた。
久しぶりの部屋に、懐かしさと居心地の悪さを感じる。
初めの場所に戻ってきた。たくさんのことが変わったタイミングで。
何かしらの暗示があるとしか思えない。
「……戦わなければ、いけないのかもな」
逃げても、きっと完全には逃げきれない。それなら、立ち向かって戦った方がいい。勝っても負けても悔いは無いはずだ。
負け=死という現実は見ないふりをして、俺は気合いを入れた。
「まずは、目をそらしたままの問題を解決するか」
早めに解決しなければいけない問題。というか、もう逃げている場合では無い。
生きるために、今からでも解決しなくては。
「行こう」
気持ちに反映して重くなる足をなんとか動かしながら、俺は部屋から出た。
とても気まずい。
最近、こんなことばかりである。少しお灸を据えるぐらいの気持ちだったが、ここまで大事になるのは目に見えていたはずだ。
俺の行動が招いた結果。それを目の当たりにしながら、なんとかため息が出るのを阻止した。
空気が重いのは、主に二人の人物から発せられている負のオーラが原因だった。
久しぶりに顔を合わせた時から、嬉しそうではあったが近づいてくることはなかった。どこか後ろめたそうに、こちらから目をそらしていた。
まだ俺が怒っていると、そう思っているのだろう。俺に拒絶されるのを恐れて、傷つくのを恐れて距離を置いている。
どうやら、心に深い傷を与えてしまったらしい。怯えている姿に、自業自得だと分かっていても胸が痛んだ。
名前を呼んで話しかけても、怯えられるだけではないのか。俺も怖くなってきて、中々話しかけることが出来なくなる。
でも、話さなければ何も解決しない。
「……陛下」
「……剣持」
それぞれの名前を呼ぶ。でも、視線はこちらに向かわない。
お互いに、相手とどう過ごしていたのか分からなくなっている。
衝動で自分勝手にしたツケが回ってきたのだ。もっと別の方法で、怒りを表現するべきだった。
「……酷いことを言って、ごめんなさい」
とにかく、まずは謝ろう。傷つけて怖がらせた。
一人でいたいなんて本気で思っていないくせに、引き止めてくれると心の中では確信していたから、一方的に拒絶した。
俺の行動は、周囲を困らせる困ってちゃんみたいなものだ。相手の優しさを搾取するなんて、迷惑な存在である。
自分はまだ信用せずに疑っているくせに、相手を試す真似をする。捨てられるのが怖くて、先に捨てる。
なんて自分本位だろう。行動を思い出すほど嫌になってきた。
今さら謝っても遅い。そんな声が聞こえてきた気がした。
「二人と離れている間、たくさん考えていた。俺はこれからどうするべきか。どう人と過ごすべきか」
考えることがありすぎて、頭がパンクしそうだった。
物語なんて関係なく、別の誰かと逃げてしまおうかとさえ思った。
でも、しっくりとこなかった。
「誰と一緒にいたいか、それはまだはっきりと答えられない。でも、これだけは言える。どこかに逃げるつもりはない」
相槌がないから、聞いてくれているのか読み取れない。寝ていない限りは耳に入っているはずだと、話を続けた。
「命が狙われることがあっても、今までの生活を手離したくない。誰かがいなくなるのも嫌だ……俺はわがままなんだ」
神威嶽に対して、敬語を使っている余裕はなかった。でも考えを変換せずに相手に伝えるためには、この方がやりやすかった。
神威嶽も文句を言ってこないから、大丈夫だと決めつける。
「こんな俺でもいいなら、一緒にいてほしい」
自分で言っておきながら、まるでプロポーズのようだと他人事のように、冷静に分析していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます