第70話 生まれる誤解





「こ、これは違いますっ」


 まるで、浮気現場を見られたような言い訳しか出てこない。何も後ろめたいことはないのに、逆に怪しくなった。


 扉のところで立ちすくんでいる神路は、この状況を冷静に見定めようとしているのか、忙しなく視線を動かしていた。


 抱きついたまま離れない神々廻は、まだ目を覚まそうとしない。

 人のことは言えないが、起きないのは駄目じゃないか。これでよく、裏の仕事が務まるな。


 腕の中から出ようと、先ほどから必死にもがいていた。でもしっかりと抱え込まれていて、ビクともしなかった。

 本当は起きていて、この状況を楽しんでいるのではないか。

 そんな疑いが、脳裏をよぎったくらいだ。


「み、ミカさん。起きてください」


 抜け出すのは無理そうなので、体を揺すって起こそうとする。さすがに起きると思ったのに、むにゃむにゃと口を動かすだけだった。


「……随分と、仲がよろしいみたいですね」


「違うんですっ」


 どうやら心配していた方向に、考えを固められてしまった。違うと否定しても、誤魔化していると思われる。

 恋人だと勘違いされたままでは、絶対に良くない。マズイに決まっていた。


 どうすれば分かってくれるだろうか。

 それには、やはり神々廻を起こすしかない。呼びかけても聞こえないのなら、最終手段だ。

 俺は両手で神々廻の頭を包み込むと、強く念じた。


 ーさっさと起きろ!!


「っ!?」


 このやり方は初めてだったが、期待通りの結果になった。

 目を開け、飛び起きた神々廻にぶつからない避けながら、状況をすぐに理解させるために早口で説明した。


「朝起きたら、ベッドにいて驚きました。その理由を、あちらにいる神路様に分かるように話してください」


「え? あれ? どうしてここに?」


 寝起きで回らない頭でも、神路の存在に気がついて不思議そうにしている。

 つまり、神々廻も来ることを知らなかったのだ。急な訪問だったのなら仕方がない。rれでもし知っていたのなら、どうして教えてくれなかったのだと後で責めるつもりだった。


「光の安全を確認しにきました。目を覚ますと、すぐトラブルに巻き込まれますので」


 失敬な。それでは、まるで俺がトラブルメーカーじゃないか。たまにやらかしたことがあったが、ほとんどは俺のせいではないのに。


「ちゃんと守っているから、わざわざ見に来なくても平気だよ。過保護だなあ。子供じゃあるまいし」


 冷ややかな神路の様子に気づいていないのか、大きな口をあけてあくびをしながら、のんきに言う。もしかしたら、わざとあおっている可能性もあった。怖いもの知らずすぎる。


「現在は、体調不良ということにして表に出ていない状態です。それでも小さいながら、騒ぎになっています。これで何かあれば、この国は混沌に陥るでしょう。そうならないように、予防策を張っているのです」


「……混沌ね。今だって、そう変わりはないかもよ?」


「何をおっしゃりたいのですか」


 神路の機嫌が、さらに悪くなった。睨みつけられているのは分かっているはずなのに、神々廻は全く気にする様子がない。


「別に何も。……ああ、帰るのが惜しいなあ。陛下の代わりに生気を分け与えられれば、ずっと一緒にいてもらえるのに」


 別々と言ったが、それはもう答えを言っているのと同じだ。

 つまり、神威嶽のせいで混沌な状況になっていて、そこに俺が戻るのは嫌だというわけだろう。


 今すぐ捕まったとしても、おかしくない言葉だった。


「陛下に、国に……楯突くおつもりですか?」


 答え次第では殺す。そう目が伝えていた。

 そんな神路のことを、馬鹿にしたように笑う。


「そう考えているのは、あなただって同じはず。……偽物の光に対して、どんな目を向けているのか、自覚ある?」


 ぶわっと、神路の怒りが膨れ上がった。

 神路はまばたきをせずに、神々廻の目を見ようとした。


 でも、その前に姿が消える。


「残念だけど、それは通用しないよ。……今日のところは引いてあげる。でも、諦めるつもりはないから。そうするべきだと思ったら、いつでも光をさらう。そのつもりで」


 どこからか、声だけ聞こえた。悔しさに歯ぎしりする神路を、最後まであおる声。


「……ああ、これありがとう。大事にするよ」


 そして、俺への感謝の言葉と共に、額に柔らかな感触があった。


「それじゃあ、また会おうね」


 別れを告げると、静寂が辺りを包む。

 かなり気まずい。沈黙が重すぎる。肩にのしかかっているみたいだ。


 今は、神々廻にどこかへ連れて行ってほしかった。俺を置いていかないでほしかった。黙ったままの神路に、話しかけるのが怖かった。


「……あなたは」


「はいっ」


 声をかけられた時も、驚いて声が裏返る。背筋をしっかりと伸ばした俺に対し、なんとも言えない表情になった。まるで、逆に俺を怖がっているようにも見えた。


「誰と添い遂げたいか、心に決めている方はいますか?」


「え」


 あまりにも唐突な質問に、なんと答えていいか分からず固まってしまった。神路の質問の意図が分からなかった。





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