第69話 渡す
「……ふぅ、ようやくできた」
俺は額の汗を拭って、達成感に大きく息を吐いた。
中途半端に終わらせるよりは、一気に終わらせてしまおうと、徹夜をして頑張ってしまった。そのせいで頭がクラクラして、視界がぼやけている。これは危ない。
達成感に包まれながら、早く寝た方が良いと脳が訴えているのを無視する。
「わたしたら……ねる」
自分に言い聞かせるようにして、何とか立ち上がった。立ち上がった瞬間、くらりと倒れそうになった。でも何とか踏ん張る。
これが終わったら、後は寝るんだ。死亡フラグに近いことを考えながら、俺はのろのろと部屋から出た。
階段をおりるのさえも、踏み外しそうで慎重になる。眠い。やることが終わったせいで、余計に気持ちが緩んで危なかった。
ふわっと大きな口を開けてあくびをしながら、俺はリビングへと進んだ。
「……おはようございます」
目をこすって、先にテーブルに座っていた神々廻に挨拶をする。
「おはよっ!?」
いつも通り挨拶してきた神々廻だったが、俺の顔を見た瞬間に、驚愕の表情になった。
「どうしたの!? その顔!?」
慌てて近寄ってきて、目元をこすられる。最近睡眠時間を削っていたところに徹夜をしたから、クマが濃くできているのだろう。こすっても取れないはずだ。それなのに険しい顔をして、ずっとこすってくる。
「あ、の。ちょっと、いたいです」
振り払う力も残っていなかったが、何とか痛みを訴えた。
「あ、ごめん。それよりも夜更かししたの? クマはできているし、顔色も悪いし。熱中することも大事だけど、体調を崩してまでやるのは良くないよ」
「ごめん、なさい。かんせいしそうだったから……おわらせたくて」
クマは消えないと諦めてくれたようで、今度は頭を撫でられる。その手つきがあまりに優しく、心地良さに眠気が襲いかかってきた。
「ほら。もうふにゃふにゃなんだから、部屋に戻って寝なよ。ここで寝たら危ないでしょ。それとも……運んでほしい?」
頬を撫でられて何か言われている。でも脳が処理するのを拒否して、言葉を理解しなかった。首を傾げると、神々廻が苦笑した。
何か言っている。でも理解できないのだから、聞くよりも先にやることを優先しよう。
「これ……どうぞ」
ずっと手に持っていたそれを、重い腕に力を入れて顔の前まであげる。
「?」
神々廻は急に目の前に現れた物が、何か理解できなかったらしい。困惑した顔をしながら首を傾げた。
お互いに首を傾げている状況になり、俺はなんとか眠気と戦いながら口を開く。
「やくそく……まえに。つくるって……いったから……」
押し付けるようにして、俺はそれを渡すと頭を下げる。
「……ねます」
もう駄目だ。
俺はもう半分寝かけながら、足取り重く部屋へと帰る。
何か言われていたかもしれないけど、俺の耳には届くことなく、部屋に入ってベッドに飛び込んだあとの記憶は無い。
起きたら、外が薄暗かった。地平線に太陽がある。沈んでいくのではなく、昇ろうとしている太陽だ。
「……どれだけ寝ていたんだ……」
いくら徹夜したとはいえ、さすがに寝すぎである。正確な時間は分からないが、ほぼ丸一日寝ていたのだ。
逆にぼんやりとしている頭は、寝る寸前の記憶をきちんと保持していない。
確かアクセサリーを完成させて……それで神々廻に渡せたのか? 自信が無い。でも部屋にないということは、たぶん渡したはずだ。落としてたりしたら、さすがに目も当てられない。
大きな口をあけてあくびを一つすると、俺はベッドに寝た。
早く確認したい気持ちはあったが、この時間はまだ神々廻も寝ているだろう。そんなところを叩き起してまで、確認するのは申し訳ない。
目を閉じて、眠れと自分に言い聞かせる。時間を潰すには、もう一度寝るのが楽な方法だ。暗示の力とは思っている以上にあって、数分もしないうちに夢の世界へと誘われていた。
起きてすぐに驚きが待っているとは、思ってもみなかった。
目を開けて、まっさきに神々廻の顔があるだなんて、予想できるはずがない。
出そうになった悲鳴を飲み込み、口を押さえて神々廻を観察する。
起きているのかと思ったが、身動ぎしても動かないから寝ているようだ。
問題は、どうして俺のベッドで一緒に寝ているかである。
あまりにも起きてこない俺を心配して、起こしにきたが眠ってしまったのだろうか。それなら自分のベッドで寝ればいいのに。
全く気づかなかった、俺も俺である。敵だったら、すでに殺されていた。危機感が無さすぎだった。でもまさか、鍵を開けてまで入ってくるとは思わなかった。
状況を完全に理解できていないとはいえ、これからどうしよう。さすがに、もう眠れそうには無い。起こすのは忍びないが、このままも良くない。
「……何を、しているのですか?」
起こそうとしたところで、別のところから声がした。俺は反射的に、そちらに顔を向ける。
部屋の入口には、扉を開けた状態で固まっている神路の姿があった。
俺達を、特にいつの間にか俺を抱きしめている体勢になっている神々廻を凝視していた。
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