第68話 受け入れる?
プロポーズの返事は、保留にしてもらうことにした。
まだ答えられないと言えば、納得してくれた。たぶん、後ろめたさのせいだ。
まさか、神々廻がストーカー予備軍だったなんて。元々の性質的に、ありえない話ではなかったけど。
影で暗躍するなんて、こう言ってはなんだがストーカーになりそうだ。
それに、能力もピッタリである。
「予想ですが、ミカさんの能力は自分の存在を認識しづらくするものですよね?」
先ほど絡まれた時のことを思い出すと、この考えはかなりいいところまで当たっているはずだ。
「あんなに何回も使ったら、さすがに分かるかあ。代償にも気づかれたし、いずれバレるとは思っていたけど」
神々廻も認めた。もう隠す気はないらしい。
存在を認識しづらくする力。隠密行動にはうってつけだ。能力として素晴らしい。
いや、仕事から力が決まったわけか。ここは物語の世界なのを、最近忘れてしまう。良いのか悪いのか、判断しづらいところだ。
ただ、会う人達のことを登場人物としてではなく、きちんと生きているのだと認識している。ここで俺も生きている。
いつか覚める夢とは、決して思っていない。
「どうしたの?」
意識を遠くに飛ばしていたみたいで、神々廻が心配そうに顔を覗き込んできた。
「あ、いえ。教えてくださり、ありがとうございます。きっと、本来なら俺が知るべきことでは無いですよね。聞いておいてなんだと思われるかもしれませんが、素直に教えられて驚いています」
「好意を持っている相手に、できる限りは隠し事したくないから。それに、教えた方が何かと便利かなって。俺が守った時に、怖がらずに安心できるでしょ」
「そうですね。ある程度知っていれば、突然の事態にも対処できそうです」
誰がやっているか分からないまま、敵が倒されるのを見るのも、それはそれで楽しそうだ。でも、事情を知らなかったら恐怖映像でしかない。
「……避けていてごめん。顔を見たくないって、面と向かって言われたら立ち直れないから、逃げればなんとかなると思った」
「むしろ逆効果ですよ。こうして一緒にいられるのが、残り少ないのは分かっているでしょう。一緒にこのままという提案も、魅力的と言えば魅力的でしたが、俺にはやらなければいけないことが残っているのです」
「そうだね。君は独占できる存在じゃない。このご褒美みたいな期間を、もっと大事に過ごさなきゃ。ああ、随分ともったいないことをしたな。自分がしたことだけど、嫌になる」
後悔している様子に、そこまで好かれていたのかと、どう反応していいか分からず固まる。そんな俺の姿を見て、神々廻はまた笑った。
「陛下にも、プロポーズされたよね。そっちも、まだ保留にしているの?」
「えっと、どこでその情報を?」
「俺はどこにでも忍び込めるからね」
城にまで忍び込み、さらにはプライベートな空間まで侵入したと、後ろめたさの欠片もなく言っている。いくらなんでも、謀反の可能性があると思われるのでは無いか。
「陛下はいい君主だ。陛下のために働くのは、光栄なことだと思っているよ。この国を発展させる力を持っている。傍で発展していくのを手伝えるのは、この上なく名誉だ。……でも、恋敵としては負けるつもりは無いよ」
「……そんなことをしたら、国に楯突く行為になるかもしれないとしてもですか?」
「君には、それぐらいの価値がある。まだ理解していないの?」
「いつか、他にうつろう気持ちかもしれませんから」
例えば、主人公とか。本物の光である主人公とか。
今は俺が珍しいと目を引くかもしれないが、本物が現れればまがい物だと気がつく。俺への感情が、好意ではなかったと気がつく。
その時が来るのが、とても怖い。いや、覚悟しなければいけないことだ。
心変わりをしていると確信している俺の言い方に、受け取った神々廻は顔を歪めた。
「気持ちを信じてくれないの?」
「そういうわけでは……いえ、そうなのかもしれませんね。俺は自分が好かれる未来が想像できないのです。誰かと永遠に過ごせるなんて、そんなわがままを言える立場ではありませんから」
胸のモヤモヤが溜まっていたから、本音を織りまぜた言葉を吐き出す。主人公に優しい世界。俺が悪役の世界。
そういえば、あれからみんな無事に暮らしているのだろうか。主人公は、リアさんは元気に暮らしているだろうか。
関わったらまた狙われるかもしれないと、聞くのを避けていたが、最近の動向を知るぐらいなら構わないだろうだろう。
神々廻なら、尋ねるにはピッタリだ。そう考えて質問しようとしたが、顔を見て止まった。
「えっと……怒っていますか?」
「怒ってないよ」
嘘だ、怒っている。
苛立っている雰囲気を感じて、俺は本音を話しすぎたかと反省した。
「これは、考えを改めさせる必要がありそうだね。……ムカつくけど、俺一人じゃ無理そうだ」
「すみません。最後の方が、よく聞き取れなくて」
こっちに向かって言ったのか、独り言だったのか分からなくて聞き返したが、神々廻は首を横に振った。
「なんでもないよ。気にしないで」
気にしなければいけないと分かっていても、きっと教えてくれないから諦めるしかなかった。
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