第66話 捕まえる





 一瞬で現れた存在に、男達は驚いて固まった。


「おうおう、兄ちゃん。邪魔するなよ」


「そうだそうだ。これからお楽しみなんだから」


「邪魔すると、痛い目見るぜ?」


 でもすぐに目的を思い出したらしく、相手に向かって威勢よく言葉を吐いた。その様子を見ていて、愚かな人は力量すらも読み取れないのだと呆れてしまった。

 どうして突然現れたのだろうとか、考えないのは生き残っていく上で致命的だった。


 忠告する義理は無いが、可哀想になってくる。助けはしないけど。

 これから起こるだろう惨劇を前にして、俺は巻き込まれないように距離を取ろうとする。でも肩を掴まれ、囲まれたままだったので無理だった。


「ほら、お前が呼び止めるから、待ちきれないって怒っちまったじゃねえか。さっさと消えろ」


 立ち向かっていても、どこかで恐怖を感じているのか、俺の口を塞ぐのを忘れている。これでは、助けを求めて叫ばれても仕方ない。まさか、本当に俺が受け入れたと思っているのではないよな。そうだとしたら、さすがに異議を唱える。


 現れた際に声をかけた後は、まだ口を開いていない。ただじっと見ているだけで、助けるために動こうともしなかった。


 その様子に調子に乗った男達の一人が、よせばいいのに近づいた。


「ビビってんなら、さっさとお家に帰った方がいいぜ。ママのところに泣きつくことになるからな」


 肩に手を回して組もうとしたのだろう。でもそれは出来なかった。

 触れられる前に、その手はひねりあげられた。


「い、いでででで!?」


 やられた男は情けない声を出す。振り払おうと必死になっているが、ビクともしていなかった。

 力の差は歴然である。


「お、おいっ。何してるんだっ」


 呆然としていた他の二人は、ようやく状況が飲み込めたようで、助けようと動く。

 でもあまりに攻撃がお粗末だったから、軽くよけられた。


「くそっ、ふざけんじゃねえよ!」


 すでに言葉が負け惜しみに聞こえてくる。三対一でも敵いそうにないのに、プライドだけはあるのか逃げようとしない。

 撤退するのも作戦のうちだ。


 もしかして、初めてこんなことをしたのだろうか。そうとしか思えないぐらい、駄目な点しか目に入らなかった。


「全員でやっちまえ。そうすれば、こんな奴簡単に……」


 およそ人体が発したとは思えない音が鳴り、次の瞬間には二人が地に伏していた。あまりにも早く、あまりにもあっさりとだったので、俺は本当に起こったことなのかと戸惑う。


 同じように、腕を掴まれたままだった男も固まっている。


「……へ?」


 それが彼の最後の言葉となった。

 何が起こったのか分からない表情で、その場に崩れ落ちた。じっと見ていたはずなのに、倒すところが全く分からなかった。どんな動きをしたのだろう。


 一瞬で制圧された三人の男。地面に倒れている様子は、早くこの場から離れないと駄目そうだ。ただ立っているだけの腕をとり連れ出した。


 男達から離れて、もう大丈夫だろうかと思ったところで、俺は掴んだ腕を外す。

 掴んだ時も、引っ張った時も、外した時も、特に抵抗されなかった。でも何も考えていないから、動かなかっただけかもしれない。


 ただ立っている相手に対し、俺は胸に指を突きつけた。そして、何も言わずに抱きしめる。


 これさえも反応されなかったらどうしようかと思ったが、さすがにそれはなかった。

 離れてほしいとばかりに、手で距離をあけようとしてくるので、俺は逆に抱きついた。


「代償を消しているだけです。動かないでください」


 素っ気なく言えば、嫌がる動きが無くなった。俺は息を吐いて、苦しみが消えるように祈った。

 そうすれば、ほっと安堵の息が聞こえた。

 しばらく抱きしめ続けて、そろそろ大丈夫かと思った頃に、顔色を窺う。


「もう平気ですか?」


 嘘をついたら分かるように、表情の変化を確認する。小さく頷いた顔に、ごまかしは含まれていなかった。


「それなら良かったです。あ、そうだ。これ食べます?」


 食べ物を粗末にしてはいけないという意識が働いて、果物を落としはしなかった。力が入っていたけど、潰れてもいない。丈夫で良かった。

 抱きしめている時に、一応脇に置いていたけど、それ以外の時は無意識に力が入っていたから少し心配していた。


 その中にある、一番美味しそうなのを差し出せば、果物と俺の顔を交互に見つめてくる。なかなか受け取ろうとしない。


「もしかして苦手なものでしたか?」


 差し出し続けているのも、手が疲れる。いらないのなら、俺が食べてしまおうか。


「……どうして?」


「どうして、というのは何に対しての質問でしょうか」


「……果物もらう。ありがとう」


「どうぞ」


 話が噛み合っていないが、きっと混乱しているのだろう。大目に見ておこう。

 果物を受け取ると、小さく一口齧り付いた。


「おいしい」


「それなら良かったです」


 緊張が緩んだところで、俺は笑顔を見せた。


「ようやく捕まえました。ゆっくりと話をしましょう」


 神々廻は引きつった顔で、果物を持ったまま固まった。





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