第65話 お世話になってから





 やりたいことが決まって良かった。

 これなら、暇でどうしようもないという状態にはならなさそうだ。

 ちまちまと手を動かしつつ、目が疲れてきたら遠くを見て回復させた。


「……ふう。結構大変だな」


 目頭を押さえ、一旦休憩するかと背もたれに深く寄りかかった。

 簡単にはできないと思っていたけど、これは時間がかかりそうだ。


 中断したせいか集中力が途切れてしまった。そんな中で無理に作ろうとしても、いいものが生み出せるわけがない。


 とりあえず、このまま終わりにしよう。

 小さく息を吐き、伸びをしながら椅子から立ち上がった。


 神々廻はまだ俺がいる状況が耐えられないらしく、アクセサリー作りをすると言ったら、一人の方が気楽だろうと決めつけて、自分はどこかに出かけるようになってしまった。確かに一人だと集中しやすいけど、傍にいてくれないと意味が無い。


 距離を置こうとしている様子に、俺もそろそろ我慢できなくなってきた。そちらがその気なら、こちらも容赦はしない。歩みよろうではないか。

 ちょうど手が空いたので、神々廻を探すことにした。


 ここは、神々廻が拠点にしている内の一つだ。街の中心地より外れたところにあり、大きくもなく小さくもなく、二人で生活するにはピッタリの場所だった。

 おそらく仕事をする時に使っていたのだろうけど、俺が来てしまったから、もう使えなくなったかもしれない。


「さて、今日はどこに行ったのかな」


 避けられているとは言っても、完全に俺から目を離すのは良くないと考えたのか、近い場所に逃げているらしい。だから、探そうと思えば見つけられるはずだ。


 大体の逃げ先を、実は把握していた。近場で隠れられる場所と言えば、数はそこまでない。そこから今日行きそうな場所を予想して、俺は向かうことにした。


「おお、セイ君。こんにちは」


「こんにちは。今日のおすすめはどれですか?」


「今日は採れたての果物があるから、それがおすすめだな。買ってくれたら、たくさんサービスするよ」


「本当ですか? それなら、二人分買います」


「まいどあり! 二人分っていうと、恋人と食べるのかな?」


「まあ、そういう感じです」


「セイ君に恋人がいるって分かったら、落ち込む奴が増えそうだね。恋人と食べるなら、おまけしておくか。今度、恋人を連れて来たら、お祝いにもっと色々サービスするよ。どんな相手か見ておかないとね。セイ君が騙されていないか確かめるためにも」


「はは、騙されては無いはずなので、今度は一緒に来ます。いつもありがとうございます」


「楽しみにしてるよ。はい、気をつけて持っていきな」


 二人分以上の商品を受け取り、俺は店主にお礼を言うと目的地へ進む。腕にかかる負荷が、あまり遠出は出来ないと伝えてくる。


 果物を買ったのは、相手を懐柔するための道具にするためだ。一緒にいる間に、果物が好きなのはなんとなく察した。だから少しでも話をする時間を作ろうと、こうして重い荷物を抱えている。


 ふぅと息を吐きながら、俺はどんどん人気のない路地へと進んでいく。後ろから足音が聞こえてきて、俺と同じスピードで歩いているのを確認した。計画通りすぎて、笑うのを我慢するのが大変だった。


 ……そろそろだろうか。そう思ったタイミングで、後ろから肩を掴まれた。力に抗わずに振り返った。


「なあ、どこに行こうとしているんだ?」


 下品なニヤケ顔。しかも一人ではなく、三人だった。足音で複数だとは思っていたけど、対処するのが難しくなった。


「えっと、友人の家を尋ねる予定ですが、道に迷ってしまったみたいです」


 とりあえずは、まだ普通に接しておく。でも相手が何を狙っているのかは、なんとなく分かっていた。

 これは、隠しきれない容姿の良さが悪かった。変装をして光だとバレなかっとしても、整っている顔立ちを隠せない。そのせいで、こうして絡んでくる人がいる。

 顔を変える能力でもあれば楽なのに。こういう時が面倒くさかった。


「道に迷ったのなら、俺達が案内してやるよ」


 絶対に案内するつもりのない言い方だ。三人で目配せしながら、ニヤニヤとさらに笑みを深めた。


「いえ、大丈夫です。そろそろ迎えに来てくれるはずですから」


「いやいや。この辺りは危ないから、俺達と来た方がいいって。ほら、早く行くぞ」


 引き寄せられ、無理やり歩かされる。持っていた荷物が落ちそうになったので、慌てて抱え直した。


「え、ちょっと待ってください。俺は行くつもりはありません」


「まあまあ、遠慮するなって。みんなでいいことしようじゃないか。へへっ」


 凄い。へへっと笑う人を初めて見た。

 そちらの方に気を取られて、嫌がるのを忘れてしまった。


「おお。抵抗するふりして、実は乗り気だったんじゃねえか」


 大人しくしたのを良いように解釈したようで、俺がすきものみたいな扱いをしてくる。それは心外だ。どう反論したものかと考えている間に、どんどん暗がりに連れ込まれそうになっていた。


 相手が複数だから、俺一人ではピンチだった。

 でもまさか、馬鹿みたいに何も考えずにピンチになったわけではない。


「おい、何している」


 さすがに危ないか。そう思ったタイミングで、突然声がした。





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