第64話 俺の考え





 こちらを見る視線を感じる。何か言いたげだ。でも、こちらからは話しかけない。

 そうすれば沈黙に耐えきれなくなったのか、向こうが口を開いた。


「あ、あのさ……どうして、ここに来たの?」


 恐る恐るといった感じで、ちらりと見ると怯えたような反応をする。まるで俺が酷いことをしているみたいだ。したのは向こうなのに。


「……神路様に聞いたでしょう」


 無視するのも性格が悪い。

 まだ許したわけではないが、問いかけには答えた。素っ気なくだが。


「聞いたけど、他にも適任者はいたよね」


「いえ、いません。害のある人ばかりです」


「……害のある人ね……」


「自覚があるのですね。驚きました」


「……ごめん」


 駄目だ。どうしても皮肉が入ってしまう。落ち込んだ神々廻に、どうフォローしたものかと俺も困った。


「……とりあえず、神路様が簡単に説明したと思いますが、しばらく俺を匿ってください」


「匿うと言っても……さすがに無理がありすぎるよ」


「何故ですか? 俺は本物ではありませんから、別に恐れる必要は無いです。商人の助手として、遠慮なく使ってください」


「そんな簡単に言うけど……困るのは俺だよね。何かあったら責められる。貧乏くじを引かされたってこと?」


「本人を前に、そんなにはっきりと言われると……」


「ご、ごめん」


「冗談です。全く気にしていませんから、これからしばらくの間よろしくお願いします」


「は、はは」


 乾いた笑いを零す神々廻は、とんでもない面倒事を背負わされたと分かったようだ。気がつくのが遅い。同情しながらも、それぐらいは頑張ってほしいと思い直す。


「……この場所を知っていた時点で、嫌な予感はしていたけど……」


 ため息とともに吐き出された言葉に、俺は励ますように拳を握った。


「神路様から許可は得ています。期間は、俺が帰りたくなったらです」


「もしも、そう思わなかったら?」


「一応帰るつもりですが……その時は、末永くよろしくお願いします」


「はは……命の危険を感じるね」


 神威嶽と剣持は、今頃どうしているだろう。行き先を告げずに飛び出してきたが、探してくれているのか。もしそうなら、見つからなくて絶望しているかもしれない。


 神路のところだと思いついても、行ったところで、俺の居場所の手がかりを与えてもらえない。剣持辺りが、神々廻の存在に気づいても、今は神殿に拠点を置いていないから辿るのも不可能である。

 そうなると、もう打つ手がない。神威嶽は暴れていそうだ。剣持は絶望して引きこもっているだろうか。

 俺の予想とは、全く違った反応をしている可能性だってある。


 どうなっているにせよ、あまり離れているのは良くないか。早めに許して戻らないと、手遅れの状態になっているかもしれない。


「話がまとまったところで、これからのことを決めましょうか」


「……もう一度確認するけど、本当にここで過ごすの? 神殿や城と違って、十分なおもてなしは出来ないけど。大事にされてきた光様には耐えられないかもよ?」


 自分がきまずいから、最後まで諦めが悪い。どうにか俺を帰そうとするが、本気で帰したかったなら、その言い方は良くない。


「俺のことを弱くみすぎです。ミカさんが思っているより、様々な修羅場をくぐり抜けてきています。……いいですよ、別に俺は一人でも。周りが言うから、誰かにお世話にならなければいけないだけで。それなら、俺は一人で生活します。無理なお願いをして申し訳ありませんでした。失礼します」


「ちょ、ちょっと待って!」


 引き止められなくても、俺は出ていくつもりだった。構ってちゃんではない。

 腕を掴んだ神々廻は、俺に触れたことに自分で驚いていた。離そうかと葛藤して、結局説得を優先したらしい。


「分かった。君がそれでいいなら、しばらく俺の元にいればいい。後から文句を言ってきても、その時は遅いからね」


「文句なんて言いません。お世話になります」


 許可が出たので、俺は神殿から持ってきていた荷物を広げていく。神路が用意したので、必要ないと言ったのに、かなりの大荷物になっていた。

 手伝おうと俺の隣りに来た神々廻が、信じられないものを見たとばかりの表情を浮かべる。その気持ちは分かる。俺も少し引いていた。


「……大事にされているね」


「大げさですね。そこまで長期滞在をする予定は無いと、しっかり伝えたはずですが」


 大事にされている。非常事態が起こったとしても対処出来そうな物の多さに、これを用意している時に神路がどんな顔をしていたのか気になった。


「……あ」


 奥の方に、壊れないようにと厳重に包まれていたのは、アクセサリーを作るのに必要な道具だった。これがあれば、どこでもある程度のものが作れる。


 神路が気を遣って準備してくれたのだ。その気持ちが、とても嬉しかった。


「ここで、まずやることが決まりました」


 荷物を見ながら言うと、変なことでも言うと思ったのか、神々廻の顔がひきつる。


「えっと、何をするつもりなのかな……?」


 その質問に、とりあえず笑顔を返した。






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