第63話 俺の怒り
「お、怒らせて悪かった。まさか嘘だよな?」
神威嶽が急に怒りを消して、俺の機嫌をとるように猫なで声を出してきた。それに続いて、剣持が俺を引き寄せ抱きしめる。
「聖様、申し訳ありません。俺が生意気な口を聞きました。だから、一人になるなんて……そのようなことを言わないでください」
離さないとばかりに、剣持の力は強かった。俺を望んでいると分かっていても、すぐに受け入れられなかった。
「もう、嫌だ。俺のせいで、誰かが争うのは。誰かの人生を台無しにするのは……それなら、一人になる方がマシだ」
腕は下にだらりと垂れたままだった。抱きしめ返すつもりはなかった。
そのことに気づいた剣持は、俺の首筋に顔を埋めた。
「俺が愚かでした。立場を考えず、わがままに振舞いました。ただ、あなたの傍にいるだけでいいのに。ずっと、そう思っていたのに。大事なことを忘れて、あなたを傷つけてしまった。……申し訳ありません」
「俺の言葉が信じられないなら、一緒にいない方がいい。俺が誰かの傍にいるのが耐えられないのなら、俺達は離れた方がいい。そうだろう」
剣持すら信じられなくなったら、信じてもらえなくなったら、ここに留まっても死ぬだけだ。今の俺はやけくそになっていた。
「お、れも悪かった。一緒にいることで舞い上がって、気持ちを考えていなかった。だから、どこかに消えないでくれ。お願いだ」
神威嶽も、俺の近くまで来て懇願してくる。剣持の存在が目に入っていないのか、俺の頬を手で挟んで額を合わせた。
俺のために必死になっている。こんなに必死なのだから許すべきだ。そういう気持ちもあったが、すぐに許せばまた同じことも繰り返しな気がした。
「……二人の言い分は分かりました。でも、少し距離を置きましょう」
そう言うと、何を言っても無駄だと伝わったのか、それとも驚きを受けたのか、二人が俺から離れた。
どちらかが俺を捕まえようと考え直す前に、俺は早口でまくしたてた。
「しばらく俺は、ある人のところに身を寄せます。安全な場所ですので、心配しないでください。お互い冷静になった頃に戻りますから。それでは、失礼します」
返事は聞かなかった。俺は走り、そして頭に浮かんだ人物の元へと、とにかく向かった。
「それで、わざわざ神殿に戻ってくるなんて……酔狂な人ですね」
「神殿に戻ってきたわけではありません。神路様の元に保護してもらいに来ました。それは全く違う話です」
「そういうのを屁理屈というのではないでしょうか」
お茶を飲みながら、俺は神路と一見穏やかに話をする。でも穏やかなのは、表面上だけだった。
護衛もつけずに戻ってきた俺に対して、神路は緊急事態が起こったのではないかと、すぐにも城に行きそうな勢いだった。そういうことじゃないと引き止め説明するのに、かなり苦労した。
とりあえず大まかな説明をしたところで、事情を察してくれた。帰れと言われるかと思ったが、俺が絶対に嫌だと言うのが分かったのか話題にはしなかった。
とりあえずお茶にしましょうと提案されたので、現在は腰を落ち着かせてお茶会をしていた。こんなに、のんびりしていて良いのかとも思ったが、久しぶりに神路に会ったのだからと自分に言い聞かせる。
「ここまで一人で来るなんて、あまりにも無謀な行動です。もしも何かあったら、どうするつもりだったのですか?」
「一応、変装はしました。それに、まさか一人で出歩くとは思っていないでしょうから、逆に安全です」
「それは結果論です。……全く、自身が狙われているのに。周りの迷惑を考えてください」
「今度は気をつけます。でも、俺が来て嬉しかったですよね?」
先ほどから小言を言ってくるが、雰囲気が説教をするにしては柔らかい。怒ってもいるけど、それ以上に嬉しそうだった。
城でお世話になるようになってから、神路とは顔を合わせていなかった。
城に行くことになったのは、神々廻が原因だった。神路は何も悪くない。
そういえば、落ち着かせるために一度キスをしていた。額にだけど。
そのことを、神路は覚えているのだろうか。覚えていなければいい。あれは、勢いだけの行動だったから、やりすぎたと今は後悔している。
「……神殿にとって、あなたは有益な存在ですから、いないと困ります。やらなければいけない仕事はあるのに、陛下のわがままのせいで滞っております。それを処理してもらう必要がありますので、戻ってきたのは正しい選択ですが」
素直じゃない、とは思ったけど口には出さなかった。言えば、絶対に拗ねる。というか頑なになる。殻にとじこもりそうなので、言うのは止めた。
「……それで、あなたは陛下や専属騎士から離れて、どうするつもりですか? すぐにここに来たのはバレるはずです。連れ戻されるだけなのに、わざわざご苦労なことですね。……なにか考えがあるのですか?」
俺が何か考えを用意しているのだと、確定する言い方。これでないと言えば、どんな顔をするのだろう。
後が怖いので、絶対に言うつもりは無いけど、少しだけやりたい気持ちもあったのは否定できない。
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