第62話 とりなされる
さすがに隣の部屋で騒いでいたら、眠れるわけがないか。別の部屋で話すべきだった。でも、今さら考えても遅い。
「も、申し訳ありませんっ。うるさかったですよね」
涙を拭いながら謝る。こんな内輪もめを見られて、恥ずかしいという感情をまっさきに感じた。剣持と仲が悪い、そう思われたくなかった。
「場所を変えますので、陛下は気にせずゆっくり休んでください」
ここで話を続けられないし、かといってこのまま終わらせたら禍根が残る。剣持とは、最後までしっかりと話をしておかなければ。
そう思い、部屋から出ようとしたが神威嶽に止められる。
「待て。外だと誰に聞かれるか分からない、ここで話を続けるべきだ」
ここが防音なのは知っている。神殿みたいに、カメラは設置されていない。秘密の話をするにはうってつけだが、神威嶽がいる状況では話しづらい。
「ですが……」
「ちょうど、俺もそいつに言いたいことがあったんだ」
そいつと言いながら、剣持を指す。剣持の涙は止まっていた。でもまだ衝撃から抜けきれていないのか、少し赤くなった頬に手が触れたままだった。叩いてしまった罪悪感があるが、それについて謝るのは後にしよう。
「……俺は、あなたと話をするつもりはありません。勝手に話に入って来ないでください」
剣持が唸って、神威嶽を睨みつけた。完全な拒絶に、俺の方が驚いてしまう。
「け、剣持」
「聖様は、この人がいた方がいいのですか」
俺にまで鋭い視線を向け、剣持が尋ねてくる。答え次第では、幻滅しそうな勢いだった。
本音を言うと、いてくれた方がいいのかもしれないと思い始めた。俺も剣持も、まだ冷静とは程遠い。頭がぐちゃぐちゃだった。
きちんと話すには、冷静な人がいるべきだ。
でも、残ってほしいと言えば、剣持は違う意味で受け取りそうだった。拗れて、からの中に閉じこもってしまう。
どうしようと困っていれば、俺の迷いを察してくれたのか、神威嶽がソファに大きな音を立てて座った。
「お前の意見は聞いていない。ここは俺の部屋だ。そしてここは俺の国だ。俺に逆らうのは許されない。俺は眠い。さっさと話をしろ」
わざとらしくあくびをしながら、不遜な態度で命令してくる。剣持のこめかみに青筋が出たが、俺が動かないから拳を握って我慢していた。
神威嶽は俺だけに分かるように、口角をあげた。ナイスアシストである。こんなお膳立てされたら、今度は俺が頑張るしかない。
「剣持、俺は……剣持が専属騎士になってから、ずっと頼りにしている。剣持以上に俺の命を預けられる人はいない」
叩いてしまった頬に、そっと触れた。少し熱を持っている。痛かっただろう。
何も考えずに叩いてしまった。今は後悔で、胸が押しつぶされそうだ。
胸の内をさらけ出した。嘘では無い。それなのに、まだ剣持の心には届かなかった。
俺と目を合わせてくれない。どうしたら、俺の言葉が届くだろうか。思いつかなかった。
「……お前、今とてつもなく大事なものを失おうとしている。それが分からないのか?」
ボソリと神威嶽が言った。独り言のようだったが、静かな部屋だったのでよく聞こえた。
「は?」
剣持が頭に来たのか、無表情で神威嶽を見た。その目は、斬りかかりそうな暗さがあった。
「そんな顔をしたって、全く怖くない。ただ小動物が威嚇しているようにしか見えない。俺は、心の底からお前が羨ましいよ。タイミングよく専属騎士になったおかげで、ここまで頼ってもらえるなんて。それなのにグダグダと。反吐が出る」
殺気が、この空間を支配している。お互いにじっとしているはずなのに、まるで殺しあっているみたいだ。
「あなたこそ、今さら聖様に張りついて。俺が傍にいた頃の聖様は、それはもう酷い扱いを受けていました。ありえないぐらいの、待遇の悪さでした。その時に手を差し伸べなかったのにも関わらず、よくもまあ平気な顔をしていられますね。厚顔無恥と言いますか、なんと言えばいいのでしょう」
「あ?」
剣持の挑発に、今度は神威嶽が唸り声をあげた。
一触即発といった様子で、まだ斬り合いになっていないのが不思議なぐらいだった。
「守りきれていない奴が、偉そうな口を叩くな」
もう、ただの悪口合戦になっていて、終わりの見えない争いに迷いこんでいる。いつの間にか、俺が部外者にされていた。
話し合いは、どこへ消えたのか。存在を忘れられているみたいで、存在感を出すべきか迷う。
二人とも、相手を嫌っている。関係性が改善する気配は無さそうだ。このまま傍観者ではいられない。
ヒートアップしている二人に、俺はこちらに注意を向けてもらうために手を叩いて大きな音を出す。
俺の意図通り、二人の注目がこちらに集まった。暴言をこれ以上は聞きたくなくて、向こうが冷静になる前に言葉を続ける。
「二人とも、いい加減にしてください。これ以上争うようなら、俺はもうどちらの手も取りません。……一人で生きます」
言葉の攻撃力が高かったようで、二人は口を大きく開けて変な顔になった。
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