第61話 剣持の気持ち
あれから、神威嶽は更にべったりとするようになった。傍にいると約束した手前、離れてほしいとは言えず、剣持も威嚇はするが文句は言えないようだった。俺が望んだと、そう説明したからかもしれない。
「なあ、俺偉いだろう。仕事頑張ってきた」
「はい。よく頑張りましたね。お疲れ様です」
「もっと褒めろ」
何故だろう。大きな子供を相手にしている気分だ。
褒めろとアピールしてくるので、頭を撫でれば満足そうな顔をする。仕事を頑張ったと言ってくるが、それは普通のことのように思う。でもまあ、皇帝の仕事は膨大だろうから、やはり褒めるべきか。
「……ああ、でもまだ仕事が残っていた」
「仕事ですか。まだありましたか?」
「そうだ。こっちに来い」
ちょいちょいと呼んでくるので、近づけば抱きしめられた。
「……何しているのですか?」
「今、生気を分け与えている」
「こんなふうにする必要ありますか?」
必要が無いのは、二人とも分かっている。でも俺も強く拒絶しなかった。
抱き合ったまま、俺は神威嶽から生気を分け与えてもらう。
気のせいだろうけど、ポカポカと温かさを感じる。これが生気なのだろうか。違うかもしれない。ただ体温が移っているだけかもしれない。でも、それで良かった。
「最近、生気を毎日分け与えているけど……どうだ?」
「体調は万全です。倒れそうな感じもありません。陛下のおかげですね」
「辛い時は、すぐに言えよ。……聖は我慢をしすぎるからな。あと、陛下じゃなくて名前で呼んでいいって言っているだろ。俺が許可を出しているのに、なんで呼ばないんだ」
「名前で呼ぶのはさすがに……ただの光ごときが恐れ多いです」
いつの間にか、名前で呼ばれているのには気がついていた。そんなに好感度が上がったのかと驚いたが、特に何も言わずにいた。
それだけなら良かったのだけど、何故か向こうも自分の名前を呼ぶように言ってくる。さすがに俺から歩み寄るのは難しくて、まだ呼んでいない。
「俺が許可しているんだから、誰にも文句を言わせない」
「……言える時が来たら、いずれ呼びます」
神威嶽はため息を吐いて、俺から離れた。
「……いつでもいいから呼べよな。俺は少し寝る。一緒に寝るか?」
「遠慮しておきます」
「それは残念」
頭をかきながら、からかい混じりに部屋を出ていく。その後ろ姿を、俺は引き止めずに見送った。
「……剣持のところに行くか」
神威嶽が寝るのならば、剣持のところに会いに行こう。そう考えると、部屋から出ずに近くにある鐘を鳴らした。
数秒もしないうちに、部屋の扉が叩かれる。
「聖様、いかがなさいましたか」
「剣持、入ってくれ」
剣持の声がしたので、すぐに中へ入る許可を出す。そうすれば、静かに扉が開いた。
「……陛下は?」
「休んでいる。……鍛錬の最中だったか?」
「聖様より優先する用事はございません。それで、何かございましたか」
「久しぶりに話をしようと思った。でも、鍛錬の邪魔はしたくない」
友人が増えて、生き生きと体を動かしている剣持の邪魔だけはしたくない。
そう考えて言ったのだが、剣持は悲しそうな顔をする。
「……今は休憩中でした。だからこうして、すぐに駆けつけてこられたのです。戻れなんて、おっしゃらないでください」
「わ、悪かった。そんなつもりで言ったわけじゃない」
悲しませたくない。その一心で近づいた。でも剣持は鼻を動かしたかと思えば、また顔を歪めた。
「……陛下の匂いがします。どうして、こんなに濃く匂うのですか。どれだけ近くにいたのですか。まさか……」
「違う。そういうことじゃない。俺達は、そんな関係じゃないから誤解しないでくれ」
匂いがするというのは、それぐらい近い距離にいたということで、俺達が恋人になったと勘違いしていそうだった。だから違うと言ったのに、剣持は信じてくれない。
「最近、名前を呼ばせていますね。そこまで気を許しているのですか……パートナーになるつもりですか?」
「そんなわけない。パートナーになるつもりは、絶対にないから。本当だ」
「聖様が……とても楽しそうです。俺が傍にいなくても、陛下がいればいいのではないですか? 俺は不要になりましたか?」
「剣持っ」
声も出さずに涙を流す剣持は、俺から距離を置こうとした。突き放そうと、胸を押してくる。そんな態度を取られたことがなくて、知らず知らずのうちに傷つけていたと、ようやく気がついた。
「俺なんかより、聖様を守れる人はたくさんいますっ。俺では、あなたを守りきれません。俺なんかいない方がっ」
その先は言わせなかった。言わせたくなくて、剣持の頬を強く叩いていた。
「そんなわけないだろ! 剣持以上に、俺を守れる人なんていない! 剣持がいなかったら、俺はっ……」
視界が涙でぼやける。自分にも怒りが湧いたし、剣持にも怒っていた。一度溢れた涙は、ダムが決壊したように止められない。
叩かれた頬を押さえて、呆然としている剣持と号泣している俺。カオスな状態である。
このまま膠着状態が続くかと思われた時、剣持が入ってきたのとは別の部屋が開いた。
「おちおち寝てもいられないみたいだな」
大きく息を吐いて、神威嶽が寝室から戻ってきた。
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