第60話 反対勢力





 プロポーズの件は、一旦頭の隅に置いとく。そうしないと話に集中できない。


「俺を嫌っていたのは、理由があると言いましたね。どんな理由なのか、きちんと教えてください」


 もうなじみとなった執務室のソファに腰を下ろすと、逃がしはしないとすぐに尋ねた。

 人を邪険に扱うのに、理由なんてあるのか。嫌われていると思ったほどだから、相当なものでないと納得いかない。


「……前にも死にかけたことがあるだろ」


「ここに来た初めの頃の話ですよね。確か反神殿派と皇弟派の息がかかった人の仕業だと聞きましたが」


「その通りだ。俺と神殿は、歴代でも類を見ないぐらいに繋がりが強い。それを面白く思っていない」


 権力というのは、いつの時代でも争いをうむ。その地位が確固たるものであるほど、手に入れたいと目論む人が増える。

 神威嶽は気を休められなかっただろう。しかも狙ってくるのは身内だ。精神的にも辛かったに違いない。


「そんな顔するな。もう慣れた」


「……慣れることではないから、胸が痛むのです」


 狙われてきた年数が違うと言われそうだが、神威嶽とは境遇が似ている。だからこそ、慣れるという言葉が辛かった。


「俺が気に入っていると思われれば、人質にされるか利用される。そうなれば、無事だとはとても言えない状態になっていた」


「俺を守るために、あえて遠ざけたと?」


「まあ、特になんの感情も抱いていなかったから、邪険に扱う方がやりやすかったのもある」


 正直に言ってくれたからこそ、腑に落ちた。ここで実は前から行為を抱いていたと言われても、絶対に嘘だと思ったはずだ。

 少しでも好意を持っていたら、あんな扱いはできない。


「それなら、どうして今はこうして良くしてくださるのですか。俺は何も変わっていません。もしかして、狙われてもいいと見捨てられたのでしょうか」


「そういうわけじゃない!」


 突然大きな声を出され、驚いて肩がはねる。それを見て、神威嶽が傷ついたような、悲しそうな顔を見せた。


「……悪い。大きな声を出すつもりはなかった。でも、本当に違うんだ。パートナーになってほしいと言っただろう。利用したいからじゃなく、好きだから言ったんだ。そんな相手を危険にさらすつもりで傍におかない」


 ゆっくりと俺に近づいてきて、触れてこようとしてきた。でも触れる前に止まる。

 まるで触ったら、俺を傷つけてしまうのではないかと怖がっているみたいだった。

 そのまま手を下ろそうとするので、逆にこちらから腕に触れた。一瞬怖がって触れようとしたが、振り払われはしなかった。


「……いつの間にか惹かれていた。どうしてなのか、自分でも説明できない。……でもこの気持ちは本物だ」


 うつむいたまま、ポツポツと思いの丈を話していく。

 いつの間にか、か。それは俺に変わってからだろうか。それとも、もっと前からだろうか。

 少しだけ気になった。


「興味のないふりをしても、危険な目に遭った。それなら、近くで守った方がマシだと思った。だから傍においた。……この説明では不満か?」


「いえ……俺のためを思ってのことならば……ありがとうございます」


 もっと知っておくべきかもしれないが、俺は世俗に疎い。周りに守られてばかりである。


「俺のわがままだから、感謝されることじゃない。むしろ更なるトラブルに巻き込む可能性がある。……悪いな」


 いつもみたいに、もっと大きな態度をとればいいのに。こういう時に限って弱々しく見せるのはずるい。こちらから遠ざけられなくなる。


「……怒っているか?」


 俺の反応がどうしても気になるらしく、今にも泣き出しそうな顔だった。庇護欲が誘われて、甘いと言われそうな判断をする。


「怒っていません。怒る理由が無いでしょう」


 腕を引いて、神威嶽を抱きしめる。嫌がられると思ったが、意外にも胸の中に飛び込んできた。


「……お前は、死なないでくれ。無事でいてくれ。俺の傍で……ただ笑っていてくれ」


 小さな声だった。必死な願いだった。

 叶えてあげたくなるぐらい、その声は悲痛な響きがあった。


 俺の立ち位置から考えれば、叶えられる願いではなかった。ずっと傍にはいられない。


「……はい、死にません。無事でいます」


 さらりと髪を撫でる。オールバックにしている髪を乱しても、神威嶽は文句を言わなかった。ただ抱きしめる力が強くなった。


「……傍にいるとは、言ってくれないのか?」


 気づいたか。あえて言わないでいた部分を。

 それを言ってしまえば、いつか約束を違えることになる。破ったと恨まれるかもしれない。

 俺の胸に顔を埋めたまま、神威嶽は何も言わない。こちらの返事を待っているのだ。


 どうしようか、どう答えようか。

 迷う心があったが、こんなにも弱っている神威嶽を見てしまったら、突き放せなかった。


「……陛下が望むのであれば。……望む限りは傍にいましょう」


 きっと、本物が現れれば俺は望まれなくなる。このやりとりをしたのを、神威嶽は後悔するかもしれない。たぶんその時、約束を終わりにされる。

 それまでの間であれば、傍にいるのもいいか。


 俺も俺で、人肌に飢えていたのかもしれない。神威嶽を離さないように抱きしめながら、短い関係を築いた。




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