第59話 プロポーズ?





 神殿が、俺を連れ戻そうと必死になるかと思っていたが、とりあえずは静観することにしたらしい。神威嶽の提案を受け入れた。

 神路が声を上げると決めつけていたから、拍子抜けしてしまった。寂しさすらも感じて、そんな自分が信じられなかった。これではまるで、構われたがりの面倒くさい人間じゃないか。


 そういうわけで、現在俺は城で生活をしている。


「次、それ」


「はい、どうぞ」


「ん」


「次は、どれになさいますか?」


「そうだな……」


 傍にいるというのは、こういう意味なのか。俺は肉にフォークを突き刺し、神威嶽の口元へと運んだ。

 大きく開けてはいるが、汚さないように気をつけながら、慎重に食べさせる。別に気にしないかもしれない。でも俺が、周りが気にするのだ。


「ん、美味い」


 咀嚼をしながら、満足そうに頷く神威嶽は、今度は自分でフォークを手に持つ。ようやく勝手に食べてくれそうだ。

 大人に食べさせるなんて、精神的にダメージが大きい。


 良かったと胸を撫で下ろしていたが、何故か口元に肉が突きつけられる。


「お前も食べろ。美味いぞ」


「えっと……」


「俺の肉が食べられないってか?」


 作ったのはシェフだ。そう言いたかったが、聞く耳を持たないだろう。それなら俺が食べないせいでシェフが排除される前に、動かなければ。俺は恥ずかしい気持ちを押し殺して、勢いよく肉を食べた。


「どうだ?」


 まだ口の中に食べ物が入っているので、話さずに頷く。


「だろう?」


 食べさせただけなのにドヤ顔をしてくるから、もぐもぐと口を動かしながら自然と笑った。


「何がおかしいんだ?」


 不思議そうに聞いてる神威嶽に、食べ物を飲み込んでから答える。


「陛下が、とても嬉しそうにしているので」


 そう言えば、予想外だったのか驚いた顔をする。


「俺が楽しいと楽しくなるのか?」


「ええ。楽しいことは共有するべきでしょう。そうすれば二倍になります」


「共有?」


「はい。そして悲しいことは、二人で分け合う。そうすれば二分の一になり、回復する時間も短くなります。辛い時間が減ります。それって、いいことだと思いませんか?」


 俺の言葉を飲み込み、神威嶽はなるほどと呟いた。誰かの受け入りだったが、相手に響かせたもの勝ちである。それに、パクったという人はこの世界にいない。


「それ、いいな。これからも、俺の傍で嬉しいことを二倍に、悲しいことは二分の一にしてくれ」


「……何だかそれって、まるでプロポーズみたいですね」


 くすくすと何も考えずに言ってしまった。まずいと思ったのは、神威嶽が静かになったからである。俺をじっと見つめ、その視線があまりにも強かった。


「も、申し訳ありません。過ぎた言葉でした」


 慌てて謝ったが、神威嶽は気にするなとばかりに手をあげた。


「……取り消すな。なるほど、プロポーズか。……それはいい。俺とパートナーになってくれ」


「じょ、冗談ですよね?」


「冗談でこんなことが言えるか。俺は皇帝だ。言葉一つで、国を揺るがすこともある。簡単にパートナーになれとは言えない」


「でも、こうして現に言っているではないですか。俺が本気にしたら、どうするつもりですか」


 皇帝がそんなことを言えば、パートナーになりたいと人が列をなすだろう。プロポーズまがいのことを言って、まさか勘違いする人を増やしているのではないか。そんなふしだらな人だなんて。幻滅する。


 それが表情に出ていたのかもしれない。

 神威嶽が慌てて弁解し出す。


「こんなこと簡単には言えない。俺は本気だ。本気で、パートナーになってほしいと考えている」


「何故……俺のことを、あんなにも嫌っていたでしょう。俺を光として、認めていなかったでしょう。今さらそんなことを言われても、信じられません」


「それは、事情があって……」


「どんな事情ですか?」


「……ここでは話せない。人のいないところに場所を移してからじゃないと駄目だ」


 神威嶽の言う通り、ここは人目がある。黙っていたから存在が薄かったが、大事な話は聞かれてしまう。内密なものならば、尚更人がいるのはまずい。


「それなら、食事を早く終わらせてしまいましょう。はい、食べてください」


「もっと優しく、あーんしてくれ。分かった分かった。ちゃんと食べるから。そんな顔するな」


「真面目に食べてください」


 食べさせ終えた後で、俺がする必要はなかったのではないかと気づいたが、すでに考えても仕方なかった。神威嶽が満足そうにしていたから、まあよしとするか。


 使用人が生暖かい目で見てきたのは、きっと神威嶽に対してだけだ。俺は含まれていないはず。絶対。







「これで二人きりですね。それでは、途中で止めた話を再開しましょう」


「まあまあ、そう急ぐなって。急いだって、話は変わらない」


「長引くと、剣持を迎えに行くのが遅れてしまいます」


「……どれだけ好きなんだ。主従関係だとしても妬けるな」


 剣持が最優先なのはいつものことなのに、何故か今日に限ってしつこい。そういえばプロポーズみたいなことを言われていたんだ。


 思い出してから、意識してしまって体温が上がった。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る