第58話 神威嶽の提案と
「その件に関しては、前にもお断りしたはずですが……」
俺の身元は神殿が管理する。そう決まったはずなのに。
前は軽い冗談だったが、今回は本気度が違った。本気で、俺を傍に来させようとしている。何故だろう。
「神殿よりも、ここにいた方が安全だ。俺が傍にいて守ってやるよ。これ以上ない護衛じゃないか?」
それは否定できない。この世界で一番強いと言っても過言ではないから、傍にいれば守ってもらえるだろう。
神殿が危険なのも確かだった。今回は助かったけど、また神路の計画外のことが起こった時に、助かる見込みが高いとは言えない。何があるのか分からないのだから。
「そう言われましても……俺が決められることでもありませんから」
「いや。お前が言えば、俺が全て叶えてやるよ。俺を止められる人間はいない。お前はただ願うだけでいいんだ」
願うだけ。神威嶽がそう言うのなら、なんとかなるはずだ。俺がここで待っていれば、手はずが整えられる。
「俺を傍において、陛下にどんなメリットがありますか。俺は何を返せますか。何を望んでいるのですか。どうか教えてください」
俺を嫌っていたのに、どうして俺を傍におこうと考えるのだろう。それを聞いてどうするかは考えていなかったが、とりあえず知りたかった。
「そうだなあ。俺は、お前と一緒にいれば、人生が楽しそうになる気がする。一緒にいてくれるだけでいい。それだと駄目か? 信じてもらえないか?」
嘘は言ってなさそうだ。俺はそれを素直に受け入れて、気がつけば頷いていた。
「本当にいいのか? 一度受け入れたら、もう取り消せない」
まさか頷くとは思っていなかったようで、確認してくる。深く考えないまま頷いたが、取り消すつもりもない。
「……条件があります。剣持も滞在することを許可してください。彼がいなければ、俺は上手く生きていけませんので」
「そこまで言わせる、あの護衛は幸せ者だな。どうして、そんなにあれを重宝する? 普通の男だろう」
「普通の男? いえ、違いますよ。剣持は俺の味方です。絶対の味方。それは、かけがえのない価値があります。そう思いませんか?」
「……俺がもっと早く態度を変えていれば、俺に懐いてくれたのか……」
「申し訳ありません。よく聞こえなかったのですが」
「いや。別に、大したことは言ってないから気にするな」
剣持を馬鹿にしているわけでは無さそうだから、言われた通りに聞き流した。
「俺は神殿と交渉しませんので、よろしくお願いします。このまま帰らなくていいですよね。滞在するための準備も、全ておまかせしてよろしいですか?」
俺は何もしない。ここに留めたいのなら、全てやってほしい。わがままな要求をしたが、神威嶽は特に嫌そうな顔をしなかった。むしろ嬉しそうだ。被虐趣味でもあるのか。
「ああ、全て俺がしよう。大事な大事な光のために」
「本当にやるのですか? 焚き付けておいてなんですけど、神路様は強敵だと思いますが」
「はは、確かにな。でも、俺に不可能なことはない」
「頼もしいですね、ふふ」
何故だろう。神威嶽と話していて、随分と気持ちが楽になった。これまで気を張っていたのを自覚した。
「お前は、そうやって笑っている方がいい。間抜けな顔で笑ってろ」
「間抜けな顔って……褒めていますか?」
褒め言葉には聞こえなかった。ジト目を向ければ、神威嶽がニヤリと笑う。
「褒めているに決まっているだろう。ただ笑っているだけでいいなんて、普通は言わない。それだけの価値があると、自信を持っていい」
「……はあ。とにかく、神殿への説明はよろしくお願いします。傍にいるだけでいいとおっしゃいましたから、遠慮なく何もせずに滞在する予定です。あとから文句を言われても受け付けませんよ」
「ああ、それで構わない」
「……そんなに嬉しいですか?」
力を使ったから、俺に利用価値があると見直されたのか。それとも、この顔が気に入ったのか。神威嶽が何を考えているのか、ウィン・ウィンの関係であるうちは見ないふりをしておく。
「ああ、嬉しいな」
その笑顔の理由を知ってしまえば、もう元には戻れない気がした。
どういう交渉をしたのか教えられないまま、俺の城滞在期間が無期限になった。何かあれば終わりを迎えるだろうが、しばらくはここにお世話になるつもりだ。
意外だったのは剣持の反応である。城に滞在すると聞いて、渋って反対するかと思ったが、あっさりと賛成した。
「今は神殿よりも、ここの方が安全でしょう。不穏分子が残っている中、あそこに戻るのは得策ではありません」
俺を排除したいと考える人は、まだ潜んでいる。命を脅かされた前科があるからこそ、剣持も慎重になっている。
それに、城の騎士と鍛錬するのが、剣持にとってはいい刺激になったようで、いつもより生き生きとしていた。神殿では一人でやるのが多かったが、城では相手をしてくれる人が何人かいるらしい。
さらに力がついてきたと、嬉しそうに報告してくる姿に、俺にも喜びが伝わった。
こんなことならば、もっと早くここに来るべきだったかもしれない。
そう考えていた俺は、すぐ近くまで来ているトラブルに全く気づいていなかった。
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