第55話 神々廻と
「あの時のことは謝るよ。言いすぎた」
顔をしかめたまま、神々廻が謝ってきた。あの時とは、たぶん俺を偽者だと指摘したのを言っている。
別に本当のことで、今はもう気にしていないのだが、わざわざ謝ってくるなんて。義理堅いというかなんというか、逆にどう受け止めていいか分からなくなる。
「……事実ですから。俺は、代理の光です。本来なら、ここにいるべき存在ではありません」
「それを話していいの? 言ったらまずくない?」
「平気ですよ」
本当は駄目だろう。でも神々廻にはすでにバレていて、ごまかせるタイプでもないのだから、素直に教えてしまった方が早い。
「もう全て調べているでしょう。それか、神路様から聞いているのではないですか? 確信があったからこそ、俺に言ってきたのでしょう」
「……まあ。否定はしないかな。そういえば、俺がただの商人ではないのを最初から分かっていたよね。仮面をしていて怪しかったとしても、どうして?」
「あえて言うとするならば、身のこなしでしょうか。あの動きは、一般人ではありえないものでしたから。隠す気も、それほどなかったですよね」
「ははっ」
「俺を試していたのでしょう? どれぐらい危険性があるのか。排除するべき存在か」
空気がピリつく。
笑っているはずの神々廻から、その空気が出されていた。
「そこまで言って、自分が殺されるかもしれない心配はしなかった?」
首を絞められる錯覚。でも本当に、首に手が回されているような感覚があった。
「殺すつもりになれば、いつでも殺せたでしょう。それをしなかったのは、殺す価値がないと思われたか、誰かに殺すなと止められたから……違いますか?」
俺としては、後者だと考えている。そして止めたのは、きっと神路だ。
俺の利用価値を知っているのは、他にいない。
「それを知っていて、挑発するなんていい性格しているね。面白い。面白くて、どんどん興味が湧いてくる」
「湧かなくていいですよ。もう関わることも、ほとんどないでしょう。関わるとしても、ミカさんの代償を無効化する時だけです」
「つれないこと言わないで。嫌なことをしたのを怒っているのなら、何度だって謝るから」
「冗談ですよ。ミカさんとは、それ以外にもアクセサリー販売でもお世話になりますから。少し意地悪しただけです。怖い顔をされたから、そのお返しです」
ぽかんとした間の抜けた顔から、俺の言葉を飲み込んで神々廻は大爆笑した。
「……ははっ。ははは! まんまとやられたよ。あぁ、驚いた。本気で言われていたら、何をしていたか分からなかった」
「命拾いしたみたいですね。危ないところでした」
してやったと思っている場合では無かった。一歩間違えたら大惨事だったようだ。なんてことないふうを装っているが、内心は心臓がバクバクと騒いでいた。
「まあ、冗談は置いといて。迷惑をかけたお詫びとして、その分のお返しをしたいと思っているんだけど。何かしてもらいたいことはある?」
それは魅力的な話だ。してもらいたいことを挙げればキリがない。でも、さすがにすぐには飛びつけなかった。
「お礼なんてそんな。俺は特別なことはしていませんから。ミカさんが無事なだけで、それだけで十分ですよ」
「お利口な答えだけど、それはつまらないよ。命を助けてもらったお礼が感謝の言葉だけなんて、こっちが納得いかない。なんでも言って。叶えるから」
「凄い自信ですね。うーん、すぐには思い浮かばないので、思いついた時にお願いしてもいいですか? すぐがいいと言うのなら、今から考えますが」
時間稼ぎではなく、実際に思い浮かばなかった。じっくり考えた方が、いい願い事が出来そうだ。駄目だと言うなら考えるしかないけど、それは神々廻次第だ。
「分かった。ゆっくり考えていいよ。でも、忘れたら駄目だから。忘れていそうな時は、思い出させてあげる」
「は、はは。お手柔らかに。……あの、無理ならいいですけど、ミカさんの能力について教えてもらえたりしますか?」
痛みを伴う代償なんて、どんな能力を使えばなるのだ。純粋に気になった。教えてもらえないとは思うが、とりあえず聞いてみた。
神々廻は黙ってしまう。やはり聞かれたくないし、答えたくない質問だったか。調子に乗りすぎだ。
「デリカシーの欠けた質問でした。申し訳ありません。今のは忘れてください」
慌てて質問を取り消そうとしたが、その前に神々廻が距離を縮めていた。
「知りたいのなら、特別に教えてあげようか。願い事を使う? それとも何をしてくれる?」
顔が、近い。
あと少し動けば、触れてしまう。どこがと聞かれると、唇がだ。呼吸を感じるぐらいで、下手に動けなくなってしまった。
間近にある神々廻の瞳に、俺が映っている。俺の顔は驚きと困惑が大きく、神々廻が何をしだすのか分からない恐怖すらも含まれていた。
「あ、俺は……」
「静かに。今は野暮なことを聞きたくないな」
止める暇も無かった。触れたのは、呼吸ではなく、確かに唇だった。
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