第54話 おかしな態度






「剣持、怒っているのか?」


「どうしてそう思うのですか?」


「だって……」


 どう見ても、機嫌が悪い。その理由に心当たりがあるからこそ、俺も下手に出るしかなかった。


「あれは別に深い意味なんかなくて、えっと、落ち着かせるためで……」


「それで、額にキスをしたのですか?」


「う。それは……」


 そこを指摘されたら、俺も反論できない。

 キスをしたのは事実で、あれはどう考えても軽率な行動だった。してから時間が経つにつれて、じわじわと後悔してきた。


「ああでもしないと、禍根を残したままになりそうだったから。神殿から無断で帰らなかったのを不問にしてもらうためにも、いがみ合っていたらどうしようもないだろう?」


「それでも、簡単に他人と触れ合うのは控えてください。……申し訳ございません。俺は命令できる立場では無いのに、生意気なことを言いました」


 さすがに重くとらえすぎだと思う。

 これで口にしたのならば騒ぐのも仕方が無いけど、額ならば親愛の証としてすることだって。

 ……分かっている。どんなに理屈をこねたところで、相手は俺よりも年上で成人済みだった。

 家族や子供ならまだしも、そう軽々とキスをする間柄ではない。

 あの時の俺がどうにかしていた。神路がいたいけな子供に見えたなんて、医者に診察してもらうべきだ。


「俺が悪かった。剣持の言う通りだ。ああいうのはしない。不敬だと斬り捨てられたくないからな」


「……微妙に伝わっていませんが、そうしてください……」


 どこか疲れている剣持は、大きく息を吐いた。それがあまりにもくたびれていたから、自然と頭に手を伸ばした。


「……分かっておられませんね。こういう触れ合いを止めてほしいと、そう言ったつもりでした」


「え、でも剣持は例外だろ?」


 剣持は別に触れてもいいのではないか。駄目だったら困る。でも本人が嫌がるなら、無理強いは出来ないから諦めるしかない。

 しょんぼりとしていると、剣持が慌てて俺の手を掴む。


「はい、俺は例外です。いつでも頼ってください。いつでも、触れてもらって構いません。俺は聖様に触れられて、嫌な時は一度もありませんから。遠慮せずに、いつでもお願いします」


「お、おう。剣持がそう言ってくれるなら、これからも遠慮なく触れさせてもらうな」


 安心してふにゃりとだらしなく笑うと、剣持が咳払いをする。顔が赤いので、頭でなく額に触れた。


「熱でもあるのか? 俺のことを心配しているけど、剣持だってずっと付き添っていたから、体調が万全とは言わないだろう。休んだ方がいい。俺はもう元気だから、剣持が倒れたりしたら辛い」


「は、はい。気をつけます。でも俺も元気ですから、今は無理していません。聖様、俺以外の人に気持ちを許さないでください。聖様は優しすぎます」


「俺は優しくないよ。ただ自分を守っているだけ。剣持が考えているほど、いい人間でもない。期待しないでくれ。ごめんな」


「そういうところも全て含めて、聖様は優しいと思います。俺はそんな聖様だからこそ、お傍に仕えたいと考えたのです」


「剣持が……剣持が俺の護衛騎士で良かった。何度でも言うけど、それが本当の気持ちだから」


「……ありがたき幸せです」


 涙を滲ませて、剣持は俺にしがみつく。神路の時みたいに可愛らしく思え、ゆっくりと抱きしめ返す。


「聖様と、この世界に二人きりなら良いのに。そうすれば、こんなにも苦しい気持ちを感じずに済むのに」


 苦しげに吐き出すのと同時に、抱きしめる力が強くなる。


「そうだな。それは、とても幸せに違いない」


 ありえないと、お互いに分かっていた。二人きりの世界で、生きていくことは不可能に近い。だからこそ、あえて言った。それぐらい、心を許しているのだと伝えるため。





 剣持もまた子供みたいな態度をとったのは、きっと俺が神々廻に会うのが嫌だけど、行動を制限したくないという葛藤からだろう。不器用すぎる。その不器用さが可愛いと思ってしまった。


 大丈夫だと言葉で伝えても、神路の件があるから安心させられない。あのぐらい大げさにしないと駄目だった。

 最後は納得して送り出してくれたが、引き留めたそうな顔が面白かった。笑ってはいけないからこそ、余計に。

 耳としっぽをがへたっている妄想すら見えて、置いてくるのに俺の方が大変だった。


「随分、楽しそうだ。何かいいことでもあった?」


「……あ、すみません」


 剣持のことを考えていたら、無意識のうちに笑っていたらしい。神々廻に指摘されて、初めて気がついた。顔に触れてみれば、確かに口角が上がっている。


「謝ることないよ。元気になった良かった。何かあったら、どう償えばいいか分からなかったよ。大事な光を危険にさらしたなんて、とんでもない重罪だ」


「……そういうのは止めておきましょう。俺はこうして元気ですし……大事な光では無いことは、すでに分かっている事実ですし」


 今さらお世辞みたいに言われても、嬉しいどころか違和感しかない。自ら偽者だと認めれば、苦虫を噛み潰したような顔をした。





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