第52話 神路への説明
「……申し訳ありませんでした」
返事がない。まるで彫刻みたいに、ぴくりとも動かない。
これはただの謝罪ではなく、土下座を望んでいるのではないか。俺は跪く体勢に入ろうとしたが、脇にいた剣持に止められた。
「聖様、何をなさろうとしているのですか」
「え。誠意のある謝罪?」
「まだ病み上がりなのですから、無理に動くのは止めてください。俺が代わりにします。何をすればいいですか?」
「い、いや。しなくていいから」
「それなら、聖様もしないでください」
「……分かった」
ここで強行しようとすれば、本当に代わりにやりそうなので出来なくなってしまった。跪くのを諦め、まだ何も言わない神路の様子を見る。
「……どんな罰も受けます。どんなお叱りも……」
途中で言葉が消えたのは、怒りを感じたせいだった。怒っている。それもかなり。
その主である神路は、うつむいて表情が読み取れない。だからこそ、怒りの大きさが正確に分からなかった。
「あ、の……」
「……あなたは、何も分かっておりません」
聞いているだけで、その苦しさを感じさせる声だった。胸が痛い。
俺は何かを言おうとして、でも言葉が出なかった。どんな言葉も届かない気がした。
「ええ、怒っています。どうして私が怒っているのか、あなたは全く分かっておりません。あなたが自分の体を労わらず、危ない真似をしたから、それで私は怒っているのです。一歩間違えれば、あなたは死ぬところだったのに。自身のことを、もっと大事になさってください」
俺はたぶん鈍感なのだ。
ここまで言われて、ようやく怒っている理由に気がついた。
俺の体を気遣ってくれたのだ。利用価値があるからだとしても、喜んでいいだろう。そして反省しなければならない。
「勝手に力を使って、倒れて、自分の身を危険にさらして、申し訳ありません。もっと考えて行動するべきでした。助けていただき、ありがとうございます」
帰ってきたと思ったら、倒れて死にかけの状態。かなりの心配と迷惑をかけてしまった。
どうして怒っているのか、理解して謝る。
「とりあえずはこれで終わりにしますが、次は無いです。もしそうなれば、二度と神殿から出られないと考えてください。分かりましたね?」
「は、はい」
無茶な行動は、神殿にいる間は止めておこう。軟禁なんてごめんだ。
しっかりと頷けば、ようやく説教が終わった。
神威嶽の言う通り、圧が凄くて大変だった。怒らせたくない人物ナンバーワンである。まだ俺に利用価値があって助かった。
「大体の話は、あなたが眠っている間に聞きましたが、もう一度あなたの口から詳しく説明してくださいますか?」
「分かりました」
時間はたくさんある。詳しくと言ってきたのだから、省略せずに話せということだろう。
何があったのか思い出しながら、神殿を出て帰ってくるまでの流れを話していく。
「……そこで気を失い、先ほど目を覚ましました」
一度も遮られることはなかった。剣持が飲み物を差し出してくれたので、ありがたく受け取り飲み干す。
「聞いていた話と相違ありませんね」
「試していたのですか?」
「試すなんて、そんなことはいたしません。誰かがごまかしていれば、すぐに分かりますからね。皆さん、本当のことを話して何よりです」
これは、試しているのと何が違うのか。そう思ったが、言ったら面倒なことになりそうだから黙っておく。
「力を使いすぎて、生気が足りなくなったのですか? そして倒れたから、陛下に生気を分けてもらって命が助かったということですよね」
「ええ、そうです。もし少しでも帰ってくるのが遅れていたら、目を覚ますのにもっと時間がかかったでしょう。最悪の事態もありえました」
「反省しています。申し訳ありません。もう危険な真似はしないと誓いますので許してください」
話の中にも嫌味を忘れない様子に、まだ怒りが完全に消えていないのが伝わってきた。
これは、機嫌を直すまでしばらくかかりそうだ。
「なんでしょう。私は怒っておりませんよ。こうして無事だったのですから……ね?」
「……はい。あの、色々と申し訳ありませんでした。勝手に力を使ったのも含めて。……でも、まだ分からないことがありまして。それについて教えてほしいのですが……」
俺の話は終わった。次は神路の番だ。
「どうして神殿から選ばれたはずの護衛が、俺達に危害を加えようとしたのでしょう。その後も殺されかけたのは、一体どうしてなのか。きちんとした説明してくれませんか」
寝ている間に、きちんとした説明がすでに提示されたのかもしれない。でも俺は聞いていない。知らないのだから、教えてもらわなければ納得いかなかった。
「……ミカさんが、二度目の襲撃犯では無いと知っています。本人に教えてもらいましたから。でも最初の襲撃は、誰の仕業でしょう。誰が命令したことでしょうか」
「…………私がしたことだと、そう言っているのですか」
場合によってはそうだと言えば、また怒りが再燃するのだろうか。試してみる気はなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます