第51話 過保護に





 目を覚ますと、豪華な天井が見えた。

 見覚えのないものだ。


 ここは、どこだろう?

 神殿ではない。そうなると……。


「……聖様? 聖様、大丈夫ですか? 目を……目を覚ましたんですよね……! 良かった、本当に良かった!」


 ぼんやりと天井を眺めていたら、視界に剣持が現れた。憔悴しきっていて、目の下にはくまが浮かんでいる。

 かなり心配させてしまったみたいだ。


「……んな。けほっ」


「! 水を!」


 思っていたよりも寝ていたらしい。喉がカラカラで咳が出た。

 そうするとハッとした剣持が、慌てて傍にあった水差しから水を入れてくれて、俺に渡してくれる。


 ありがたく受け取り、焦らずにゆっくりと飲んだ。喉を通っていく冷たさ、渇きが潤っていく心地良さを感じる。全部飲むと、ほっと息を吐く。


「……ありがとう。助かった……」


 先ほどよりも、声が出せるようになった。こんなになるまで、一体どれぐらい寝ていたのか。剣持の様子から考えても、随分と長い間だろう。聞くのが怖かった。

 でも聞かないと始まらない。


「あの……俺、どれぐらい寝ていたんだ?」


 恐る恐る質問すれば、剣持が俺の手を握る。そして存在を確認するように、隅から隅まで触れていく。


「一週間です。一週間、全く目を覚ましませんでした」


「……一週間」


 思っていたよりも長かった。そんなに長く目を覚まさなかったら、ここまで剣持がボロボロになっているのも当然だ。ずっと傍にいたのだろう。


「ごめんな。怖かったな」


 俺だって同じ立場なら、剣持が突然倒れて目を覚まさなければ、ずっと眠れず傍で起きるのを待っていたに違いない。

 死んでしまうではないかと、俺のせいでこんな状態になってしまったのではないかと、そう自分を責めながら。


 大丈夫だと安心させるため、俺は握られていない方の手で剣持の頭を撫でる。ずっと寝ていたから、腕がプルプルと震えるが何とか我慢した。剣持が満足するまでは止めない。


「ひ、じりさまが……」


 初めは目を細めて大人しく撫でられていたが、その瞳から涙が一筋こぼれた。


「ずっと目を覚まさなくてっ、死んでしまうのではないかとっ。そんなことを考えてしまう自分が許せなくてっ」


「うん」


「絶対に目を覚ます。そう信じて、待っていましたっ」


「うん、ありがとうな。俺を信じて、待ってくれて。……怖かったよな、怖くてたまらなかったよな」


「聖様が無事で良かった……!」


「ごめん、本当にごめん」


 俺は剣持の体を抱きしめた。子供のようにしがみつく彼に、背中を撫でながら何度も謝った。




 眠れなかったのと、泣き疲れたのもあり、剣持はいつの間にか眠っていた。

 俺の胸の中で小さな寝息を立てて、眠っている剣持。目元が赤くなり、あどけない表情だ。俺の服をしっかりと掴み、どこにも行かないでと言っているみたいだった。


「大丈夫、俺はどこにも行かない。ずっと傍にいる。安心してくれ」


 そう言えば、さらに表情が柔らかくなり、握っていた手を緩んだ。でも俺は、起きた時にいなくなっていたら剣持が悲しむと考えて、ベッドから離れるのを止めた。


 落ち着いたところで、自分の状況を確認するために部屋を見渡す。やはり神殿ではない。神殿も豪華な内装をしていたけど、それ以上に装飾品などが高そうだった。


「もしかして……」


 そう考えたところで、部屋の扉が開いた。

 入ってきたのは、俺の予想を裏付ける人物だった。

 ベッドから起き上がって、剣持を抱きしめている俺を見て、驚いた表情を浮かべている。


「目を覚ましたのか!」


 叫んでこちらに駆け寄ってくるが、剣持が起きてしまうと、口元に指を当てて静かにしてもらう。


「わ、悪い」


 寝ている剣持に気が付き、謝りながら静かに近づいてきた。


「いえ、気にしないでください。あの、ありがとうございます。陛下が、俺を助けてくださったんですよね」


「あ、ああ」


 やはり、ここは城の一室だったか。

 俺を助けてくれて、ここで休ませてくれたのも陛下に違いない。お礼を言えば、照れたように頬をかいた。


「起きたのを、すぐに報告出来なくてすみません。剣持を安心させる方を優先しまして」


 まだ眠っている剣持の頭を撫で、俺は報告が遅れたのを謝罪する。そうすれば微妙な表情になったけど、怒ってはこなかった。


「まあ、ずっと離れなかったからな。寝ろと言ったのに、全く言うことを聞かなかったんだ。あと少しで、強制的に眠らせるところだった」


 一週間もまともに寝ていないのは、どう考えても良くない。

 考えたくはないが、俺がずっと目を覚まさなかったら、それこそ死んでいたら……剣持がどうなっていたのか。そういうのは止めておこう。最悪の想像はするべきではない。


「ありがとうございます」


「……まあ、気にするな。お前に死なれたら困る」


「そうだとしても助かりました。俺のために、時間を割いていただき、ありがとうございます」


 それもそうか。俺はあまり喜びすぎないように、もう一度お礼を言った。


「もっと大変なことが待っているからな。ご愁傷様」


「え」


 その言い方が絶望しかなくて、俺は嫌な予感に冷や汗が流れた。





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