第27話 ぐずり
「っと……危なかった」
衝撃を覚悟して目を閉じたが、地面に倒れることはなく、力強い腕に支えられていた。
おそるおそる目を開けると、すぐ近くに神々廻の顔があった。
驚いて顔を引こうとしたが、体を支えている手がそれを阻んだ。
「暴れたら怪我するよ。まったく、危ないところだったのに、元気がいいのも困りものだ」
危機一髪のところで、俺を助けてくれたのは神々廻だった。からかいを含んだ言葉を呆れ混じりに言いながら、首をすくめる。
「あ、ありがとうございます」
最後まで見ていなかったから、剣持よりも遠いところからどうやって間に合ったのか不明だった。
商人ではありえない動きだったのだろう。目撃していた剣持が絶句している。
自分は間に合わなかったのに、何故なのかという気持ちも含まれているはずだ。
せっかく訓練をして自信をつけ始めたタイミングで、これはあまりにも可哀想になる。フォローするのを絶対に忘れないようにと、頭の中に入れておく。
「いえ。大切なあなたに怪我がなくて何より」
本気で心配しているかどうか疑わしい。
それでも、助けてもらったのに変わりはない。しかも、自分の正体がバレかねない動きをしてまで。
命の恩人というほどまでの動きではないが、感謝の言葉だけも素っ気ないだろう。
「本当に助かりました。あの、もしよろしければですが……先ほど、ブランド展開を考えているとおっしゃっていましたよね。お世辞では無いとしたら、それを話だけでなく、実際にやってみたいです」
元からやるつもりではあったが、でもそれはもう少し時間が経ってからの予定だった。でも時期を早めたところで、そこまで大きな支障はないだろう。
「発言は取り消せないけど、本当にいい? 止めるなら今だ。受け入れたら、最後まで付き合ってもらう」
脅しのようだが、これは俺に選択肢を与えてくれている。なんだかんだ言って、悪人ではないのだ。
でも気を許しすぎれば、利用するだけ利用されてしまう。そこのさじ加減が大変だった。
「はい、構いません。その証として、あなたに何か作ってもよろしいですか?」
「え?」
予想していなかったのか、間の抜けた声を出した。俺は思わず笑い、そして畳み掛ける。
「どんなデザインで、どんなものが好きか。どうぞ教えてください」
無償の仕事が続くが、それでも少しでもいい関係を築けるのであれば仕方がない。
どうか高いものは選ばないでほしい。もっと太っ腹なことを考えたかったけど、初めは高いものにしない方がいい。
「……後で教える。えっと、今日はそろそろ帰るから。また今度」
アクセサリーのために、もう少し話をしておきたかったのだけど、用事があると言って帰ろうとしだした。急なことに、俺は止めようとするが、すり抜けるように逃げられた。
「それじゃあ」
ひらひらと手を振って、神々廻は部屋から出て行った。まるで、台風が通り過ぎていったあとみたいな状態。
さて、ずっと静かなままの剣持に、どう触れたものか。重苦しい空気に耐えられないが、無視もできない。
顔を見たら話しかける勇気がなくなりそうなので、別の場所を見ながら声をかけた。
「……剣持」
名前だけ言って、次に何を言えばいいか分からなくなった。止まっては駄目なのに、口が動かなくなってしまう。
そのまま沈黙が続き、どうしようかと迷っていたら、急に隣から大きな音がする。
「剣持!?」
反射的にそちらを見れば、剣持が跪いていた。そしてボロボロと涙を流し出す。
どうしたんだと、俺は頬に手を伸ばした。触れると、とても冷たかった。
涙が手につたって濡らしていく。自分では拭わず泣いたままの姿は、痛々しくて見ていられなかった。
「捨て……ないでください。……お願いします……」
涙ながらにそう言われ、ギョッとする。
「お、おい。どうして、そんな話になったんだ?」
捨てるだなんて、一言も口にしていない。それなのに泣きながら言われて、俺が知らず知らずのうちに誤解させてしまったのかと記憶を辿る。でも、まったく身に覚えがなかった。
「なんか誤解しているみたいだけど、俺は剣持を捨てる気はない。どうして、そんなことを思った?」
グズグズと鼻を鳴らして、剣持は俺の腰にしがみついてきた。
「お、俺は……役立たずでっ……聖様を守れなくてっ……」
専属護衛騎士としてのプライドを、傷つけるような出来事が立て続けに起こったせいで、自信が無くなってしまったらしい。
タイミングが悪かった。まったく神威嶽も神々廻も、余計なことをしてくれた。
俺はため息を吐きそうになったが、剣持に更なる誤解を与えかねないと飲み込んだ。
その代わり、慰めるために頭を撫でる。
これで泣き止んでくれるかとも期待したけど、効果が無かった。嗚咽までこぼし始めたので、俺は優しく話しかけた。
「剣持」
名前を呼べば、ノロノロと顔を上げた。顔は酷い状態になっていて、涙やら鼻水やらでぐちゃぐちゃになっていた。
でもそれを気にすることなく、また頬に触れた。
「……大丈夫だ。大丈夫、大丈夫」
そしてしゃがむと、強くその体を抱きしめる。
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