第26話 ちょっとした変化
小説では描かれなかったが、あの後光はメインヒーローとパートナーになり、きっと子供を授かったはずだ。
神威嶽の言葉を整理すれば、強い能力を持つものは代償を払わなければならないし、子孫を残しづらい体になっている。でも光との間には、きっと子供が生まれる確率が高くなるのだ。
執着されるレベルで愛されていた主人公が、何も無く終わったなんてことはありえないだろう。
「……主人公に成り代わらなくて、本当に良かった」
これは本心だった。
この世界は男しか存在していないから、どう子供を作るのかはずっと不思議に思っていた。でもさすがに誰かに聞ける話でもなく、書庫で調べることもしなかった。監視されている状態で、調べているのが神路の耳に入ったら困るからだ。
でも俺が間違っていないのであれば、子供を作る方法は……考えないようにしておく。自分の精神を安定させるためにも。
神殿に戻ってから、少しの変化があった。変化というと大袈裟に聞こえるかもしれない。
まず、剣持の訓練時間が増えた。
助けに入れなかったことや、神路にかけられた言葉に思うところがあったらしい。
「俺は、もう見ているだけでは嫌なんです」
体を酷使しているから、やりすぎないようにとたしなめたが、それでも必死な姿を見ていたら強くは言えなかった。
努力は身を結んでいて、稽古を見ていると動きにキレが出てきた。そうなると、余計に口を出せなくなった。
強くなるのはいいことだ。目標があることも。悔しさを乗り越えて、そして成長するのは素晴らしい。
口を出すよりも、成長を褒める方にシフトチェンジするべきだろう。
何かご褒美の品を渡すべきか。そう考えながら、今は温かく見守っている。
後は、神路が素っ気なくなった。前から好かれてはいなかったけど、向こうがどこか気まずそうなのだ。
毎日顔を見せにくるのは変わらなくても、何も言わずに逃げるように帰っていく。話をする時間が減ったから嬉しいけど、でも何を考えているのか分からない得体の知れぬ恐怖があった。
たまに、何かを言いたげにこちらを見てくることがあり、視線が気まずいからどんな用なのか聞く。するとハッとした顔になって、慌てて逃げていくのだ。
これは俺が悪いのか。逃げていく背中を見ながら、微妙に罪悪感に襲われる。
神威嶽を上手く対処出来なかったから、呆れているのだろう。
偽者のくせに、皇帝の寵愛を受けたがっていると勘違いされたらどうしよう。その勘違いは全力で否定したい。でも、話を出来る雰囲気でもなかった。
向こうから何かを言ってくるまで待つ。現実逃避に近いが、それが一番だと判断した。
あと、神々廻が面倒くさくなった。
今まで毎日部屋まで来ていたけど、でも世間話をするほど長居はしていなかったのに、最近は何故か居座るようになったのだ。
しかも重要な話をしてくるのかと構えていれば、ただただ俺のことを眺めている。視線がうざくて、何を見ているのだと聞いてもごまかされる。
あまりにも見てくるから、剣持の方が敏感に反応してしまうのだ。
「聖様になにか御用でも?」
剣持からすれば、神々廻は一介の商人に過ぎない。それなのに光の私室に勝手に入ってきて、じっと見てくる。文字にすると、余計に不審者レベルが上がるから、護衛目線だと完全に要注意人物になる。
「いやあ。これから商売をする関係だから、人となりはきちんと見ておく必要があると思って。こういうのは信頼も必要なんだ」
でも堂々と開き直られてしまい、止めろとも言えなくなっていた。あまりいじめないでほしい。そういう意味を込めて軽く睨むと、すぐに気づかれた。
「そんなに熱い視線を向けられると照れるな。商売の関係以上になるのは、やぶさかじゃないけど」
そのからかいに俺は呆れたが、剣持はさらに警戒を強めた。警戒させてどうするのだ。絶対に楽しんでいる。
「まだ試作品は出来ていませんので、あまり見られていると恥ずかしいです。出来たらすぐに伝えると約束しますから」
言外に、だから放っておいてくれという意味を込めた。それに気づきながら、神々廻は俺に近づいて肩に手を置く。
「そんなつれないことは言わないで。ブランド展開を考えているから、そういう話もしておきたい。あの光が直々に作ったとなれば、ぜひ買いたいという声はたくさんあがる」
肩にあった手が、自然な流れで頬に移動していた。しばらく気が付かなかったぐらいだ。
「触るな」
俺よりも先に気づいた剣持が、その腕を掴んだ。そしてひねりあげる。
止める間もなかったので、行動を許してしまった。これはまずい。俺は慌てて剣持の腕に触れる。
「こんなことしたら駄目だ。すぐ離せ」
「しかし……断りもなく聖様に触れました。こんな行為は許されるものではありません」
前回見ているしかなかった分、ここで挽回しようとしていた。その意気込みは買うが、相手が悪すぎる。まだ取り返しがつくうちに、焦っていたせいか剣持の動きを対処出来なかった。
「!」
どう動くつもりだったかは不明だが、振り払われる形になって、俺はそのまま後ろへと倒れた。まるでスローモーションのようで、驚いた顔をしている剣持もよく見えた。
そして、こちらに伸ばした手が届かないのもすぐに分かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます