第25話 譲らない話





 小説では、主人公は特定のメインヒーローと結ばれる描写は無い。

 最終的に全員に好意を向けられたまま、仲良く暮らしたという形で終わる。誰も選ばないのは、前の倫理観からするとどうかと思うが、ここでは普通のようだ。


「……パートナーになるには力不足です」


 なんとか口にしたが、拒否するには理由が弱かった。それは神威嶽も思ったようで、悪い表情をして顔を近づけてくる。


「俺が力不足だって言うのか?」


 分かっていて、わざとだ。本当に性格が悪い。


「違います。俺のことです。光としても上手く仕事出来ていないのに、パートナーなんて恐れ多いです。周囲もいい顔をしないでしょう」


「光とパートナーにならなければ、子孫を残せないとしてもか?」


「しっ!?  そ、そうなんですか」


 あまりにも直接的な言葉に、一瞬言葉を失ってしまった。そういうことか。執着する理由の一つを知って、物凄く微妙な感情に襲われる。もちろん他にも理由があったから愛されたのだろうが、それでも本物の光じゃなくて良かったと、心の底から安堵する。

 否定するつもりはないが、


 でも、待てよ。俺は偽者だと、神威嶽はまだ知らない。俺のことは、歴代の中でも使えない光だと思っているだろう。つまり、俺との間に子供ができると勘違いしている。


 それはかなりまずい状況だ。どう言えば、この場を乗り切れるのか。偽者だとは、まだ言えない。

 でもどうにかしなければ、このままパートナーにさせられる。


「……陛下」


 俺が一人で焦っていると、また冷ややかな声が間に入ってきた。もちろん神路である。


「まだ未熟者でありますがゆえ、陛下のパートナーになるには、本人が申しあげています通り力不足です」


「そう言って、独り占めしようという魂胆じゃないのか?」


「ご冗談を。私が陛下に歯向かうとお思いですか?」


「すでに刃向かっているような気もするがな」


 俺が偽者だと分かっているからこそ、神路は助け舟を出してくれる。もっと早く助けてもらいたかったが、贅沢は言っていられない。


 神殿の最高責任者だとしても、皇帝に楯突くことはあまり許された行為とは言えない。

 立場が低いからではなく、国と信仰のバランスを保つためだ。微妙な関係性だった。少しでも均衡が崩れれば、争いが起こってしまうぐらい。


「もう少し神殿の方で勉強をさせます。今判明した通り、常識も欠けているようですので、陛下の傍にいるためにはもっと教養を身につける必要が出てきました」


 助け出そうとしているのだろうが、嫌味を忘れない様子に、この状況で無ければ異議を唱えたかった。常識が欠けているのは、仕方のないことだ。でも勉強すれば良かったのも事実なので、結局怒りを自分の中で消化するしかなかった。


「馬鹿な子ほど可愛い。これはただ俺の目を楽しませればいい。頭なんか期待していないから大丈夫だ」


 一発ぐらいなら殴ってもいいだろうか。あまりの言葉に、また怒りが湧き出てくる。でも必死に抑えた。


「はっきり言わないと駄目なようですね。まだ、その時ではありません。彼の身は、神殿が預かります。これは決定事項です」


 断言する言い方に、近くから舌打ちが聞こえてきた。そして荒々しく、体を解放される。

 いきなりのことだったのでふらついたが、なんとかみっともなく転ぶのは免れた。


「興ざめした。さっさと帰れ」


 手を振って追い出すしぐさは、犬に対してするのと同じだった。でもようやく解放されたのだから、また気が変わって拘束されないうちに神路の元へと逃げた。


「それでは、また来週伺います」


 俺が戻ったので、神路は冷たさを消して恭しく頭を下げた。神威嶽の返事は舌打ちだったが、それに苛立った様子を見せなかった。


「聖様。申し訳ありません……助けに入りたかったのですが」


 部屋から出ると、まっさきに剣持が謝ってきた。その表情は後悔に溢れていて、今にも土下座をしそうな勢いだった。いや、この場合だと責任を取って自害でもしそうだ。


「いや、いいんだ。あそこで止めに入っていたら、剣持は間違いなく処罰されただろうから。動かないでいたのは正解だ」


「しかし、守ると誓ったのに見ていることしか出来ませんでした。専属騎士として、あってはならないことです」


 気にするなと慰めたのだが、それだけでは足りなかったらしい。唇を噛み締め、悔しそうに拳を握っていた。力が強くて、爪がくい込んでいそうだ。怪我をしたら大変だと、止めようとしたのだが、その前に神路が冷ややかな言葉を発した。


「後悔しているだけでは、何も変わりません。悔しいのならば、力をつけるべきです。守れるほどの力をつければ、今みたいにただ見ているだけの状況ではなくなるでしょう」


 正論だったからこそ驚いた。そんな普通のアドバイスをするタイプじゃない。

 違う人が中に入っているのではないかと、信じられない気持ちで見ていたら、どこか居心地悪そうに目を背けた。


「ただの一般論です。別に慰めたつもりはありませんから勘違いしないでください。護衛騎士が腑抜けているようでは、こちらに負担が来るので困るだけです。他意はありません」


 言いたいことだけ一方的にぶつけると、こちらが返事をする前に先に行ってしまう。残された俺は、あれはどう受けとっていいものか考えたが、答えが出なかったのですぐに放棄して追いかけた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る