第28話 可愛いだけでなく
何故だろう。
こうやって抱きしめていると、なんだか懐かしさを感じる。昔の、こうなる前の記憶だろうか。
でも誰に、どんな状況でしたのかは思い出せなかった。
抱きしめた途端、剣持から嗚咽は聞こえなくなった。そうかといってすぐに離れるのもどうかと思い、背中を一定のリズムで優しく叩いた。
「怖がらせて悪い。まさかそこまで追い詰められていたなんて。もっと早く気がつくべきだったのにな」
叩きながら、話しかけるのも忘れない。きちんと誤解だと伝えておかなければ、剣持の中にモヤモヤが残ったままになってしまう。
俺に捨てられると怖がるなんて、逆だったら分かるけど、ありえないことだった。
こっちの方が、剣持がずっと傍にいてほしいと願っているぐらいなのに、捨てるわけがなかった。しかも、神威嶽と神々廻の件でこうなっているようだが、別に責めるほどのことでもない。
むしろ今までの待遇を考えれば、俺を守ろうとしてくれるだけいいことだ。でも、剣持はそれを知らない。
「俺は、剣持を絶対に捨てることはない。神に誓ってもいい。それでも信じられないのなら、契約を交わすか?」
専属騎士の誓いだって、他人には破棄できないぐらい強いものだ。それがあっても不安になるようならば、別の誓いを加えても良かった。他にどんなものがあるか知らないが、剣持ならきっと候補をあげられる。
「……よろしいのですか?」
子供のように必死にしがみつき、そして問いかけてくる。決して、信じていないわけではない。不安でたまらないのだ。
庇護欲を誘われながら、ことさら優しくを意識する。
「それで、剣持が安心できるなら。自分が駄目な奴だとは思わないでくれ。どれだけ鍛錬をしてきたか、俺は知っている。血のにじむ様な努力をしていることも。身についてきていることだって知っている。それを自分で否定するな」
いくら優秀とはいっても、メインヒーローには敵わない。比べるのも可哀想な話だが、そのせいで心が折れる必要は無い。
剣持は剣持のフィールドで戦えばいい。
「……誓いを、増やさなくてもいいです」
「本当にいいのか? 俺は別にしても」
「いえ。取り乱してしまい、申し訳ありませんでした。もう大丈夫です。聖様のお気持ちを疑ってしまうなんて……とんでもないことをしてしまいました」
諦めたのではなく、本当に分かってくれたようだ。気持ちが伝わって良かったと、内心で安堵する。
「剣持はよくやってくれている。一番近くで見ている俺が言うんだ。焦る必要なんてない」
「……気持ちで負けるのは良くないと、実感しました。もう大丈夫です。とにかく力をつけることだけを考え、そして聖様のそばにいます。情けないところを見せてしまいましたが、どうか……どうかこれからも、よろしくお願い致します」
すでに、嗚咽は止んでいた。声もしっかりとしていて、本人が言っている通り大丈夫そうだ。
泣き止んだとしても、抱きしめたまま背中を叩く。怖がらせてしまった分の贖罪として、もう少しこのままでいようと思った。
「……何をしているのですか」
いい状況の空間を切り裂くように、その言葉は冷たく響いた。俺は驚いて、声がした方を勢いよく見る。
声だけで誰だか分かっていたが、それでも悲鳴が口から出そうになった。なんとか押しとどめたが、表情には出てしまったのだろう。
入口の辺りに立っている神路の雰囲気が、さらに恐ろしいものになった。
たぶん、監視カメラの映像からトラブルが発生していると考え、仲裁する目的で部屋に来たのだろう。俺達がこんな状態になっているとは、移動していて知らなかったのか。だからこそ、冷たい雰囲気でいながらも、どこか驚いている。
絶対に勘違いされている。抱き合っている姿を見られているのだから、どんなことを考えているかが何となく分かった。
「これは違いますよ。慰めるためですから」
これでは、言い訳をしているように聞こえるか。言いながら自分ではまずいと思っていたら、神路の機嫌がますます下がった。
「その状態でいる必要はありますか?」
ごもっともな意見だ。でも慰めるためには、こうするしかなかったのだ。とにかく言い訳させてほしい。
「……少しトラブルがありまして」
言外に、神々廻のせいだという意味を含ませておく。元々、あちらがちょっかいを出してこなければ、剣持がここまで取り乱すことは無かったのだ。
通じたのかどうか微妙だ。神路は深く息を吐いて、顔に手を当てる。
「とりあえず離れてください。それでは、話も出来ないでしょう」
このまま話しているのも恥ずかしいから、そう言ってくれて少し助かった。
命令を聞こうと離れようとしたが、背中に回っている腕の力は弱まらなかった。むしろ強くなった。
「剣持?」
離してくれない主に、俺は呼びかける。でも答えがなかった。
俺ではなく、神路の方を見る。見るというより、睨むといったぐらい眼光の鋭さがあった。
「……あなたは、聖様のなんですか?」
低い声での問いかけは、威嚇しているのと同じにしか聞こえなかった。
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