第23話 皇帝の反応





「……陛下にも祝福を捧げます」


 城に着くと、滞りなく仕事を終わらせた。

 何度もやっているから、もう慣れたものである。特にトラブルもなく、順調に進められた。


 あの後馬車では、神路が何も言わなくなったので、俺はまた外の景色を眺めるふりをした。やり込められた憤りを感じているとしたら、触らぬ神に祟りなしだからだ。


 結局、神路が何を言いたかったのか分からない。話を聞くためにも、やり込めない方が良かったか。でも、もう遅い。後悔しても意味ないので、考えないようにする。



 いつもは、儀式が終われば帰るだけである。でも今日はまだ帰れなかった。


「なんだ?」


 俺が立ち去ろうとしないので、神威嶽が不審そうに尋ねる。さっさと帰りたいところだが、渡す方を優先しなくては。


「依頼された品が完成しました」


 それだけ言えば、なんのことか分かったらしい。納得した様子で頷く。


「ああ、ようやくか」


 献上するために、また近づかなければ。俺は箱を持ち、再び神威嶽のところへ行く。


「どうぞ、お納めください」


 そして蓋を開け、掲げるように見せた。

 何を作るか迷って、結局バングルにした。これなら細かく調整しなくても済むし、身につけても不自然では無い。


 赤銅色の金属に、選び抜いてもっとも神威嶽の色に近かった宝石を埋め込んでいる。

 自分で言うのもなんだが、とてもよく出来ていた。


 後は気に入ってくれるかどうか。少し緊張しながら待っていると、珍しく囁くような小さな声が聞こえてきた。


「……よく出来ているな」


 含みを持たず素直に褒める言葉に、理解した瞬間、顔が緩む。


「あ、ありがとうございます。どうぞ、手に取ってご覧になってください」


 見た目は合格をもらえた。次は着け心地だ。

 手が届くよう、さらに箱を近づける。


 神威嶽は恐る恐るといった様子で手に取ると、物珍しそうに隅から隅まで眺め出した。

 よく見てくれとは言ったが、そこまでまじまじと舐めるような視線をされると、いたたまれなくなってしまう。

 でも神威嶽のものになったから、文句は言えなかった。


 眺める時間が長くなるほど、緊張が高まってくる。俺は反応を見る前に、この場から離れたかった。

 本気で立ち去ろうともしたけど、目ざとく気がついた神威嶽がそれを制した。


「待て」


 気づかなければ逃げられたのに。俺は責める視線を、思わず向けてしまった。


「ははっ、変な顔だな」


 神威嶽は怒ることなく、愉快そうに笑った。邪気のない笑い方に、見慣れなくて顔をそらした。


「付け方は分かりますよね。肌に負担がかからないように研磨してありますが、長時間つけていて不便な点が出てくれば、すぐに直します」


「アフターケアもばっちりだな。……うん。なかなかいい。気に入った」


 確かによく似合っていた。自分で作ったものだが、悔しくなるぐらいに。それと同時に、神威嶽にしか似合わないことが誇らしくもあった。


「とても、良くお似合いです」


 本心からの言葉に満足そうに頷くと、手の動きだけで近づくように命令してきた。まるでペットを呼ぶやり方に思うところはあったが、一々指摘するのも面倒くさい。期限を損ねて面倒な事態にもしたくないので、大人しく近寄った。


「どこか気になるところでもっ!?」


 話しかけながらだったせいで、勢いよく引き寄せられた時は舌を噛むかと思った。ギリギリ噛まずに済んだが、次は自分の体勢に混乱する。


「へ、陛下?」


 どうして俺は、膝の上に乗せられているのだ。子供なら微笑ましいかもしれないけど、ほとんど大人に近い年齢がやると見ていられない状況になる。


 そもそも、神威嶽は俺を嫌っているはずだったのに、どうしてこんなことをするのか。嫌がらせだとしたら、かなり性格が悪い。


 俺は怪我をさせない程度に抵抗して、膝の上からおりようとしたけど、腰をがっちりと掴まれて満足に動けなかった。

 離してほしいという気持ちは、絶対に伝わっているはずだ。暴れているのだから、受け入れられていると勘違いすることはない。

 それなのに、離そうとしないのはどうしてなのか。考えが全く読み取れなった。


 抵抗なんて気づいていないとばかりに澄ました顔をして、先ほどまでバングルを見ていた時と同じような目で、俺を上から下までまじまじと観察し始める。直接こんな近い距離で見られると、いたたまれなさの度合いがケタ違いだった。


「顔だけはいいな。極上と言ってもいい」


 観察が終わったのか、今度はするりと腰を撫でられる。鳥肌が立ち、ゾクリと体に何かが駆け巡った。口から変な声が出るのを、すんでのところで飲み込んだ。


「もしかしたら、今までもったいないことをしていたか」


 俺の様子を気にかけることなく、もう片方の手で頬に触れる。手つきは優しいが、それを喜べるわけがなかった。


「今日から俺のものだ」


 そして決定事項みたいに告げられた言葉に、驚きと混乱で思考が停止した。


 でもここには、俺以外にも人がいた。

 ポンコツ状態になっている俺に代わるように、静かではあるが冷気をまとった声が響いた。


「……陛下、それはお戯れがすぎます」





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